【江古田・モカ】長く愛される憩いの場、マダムの丁寧な仕事から生まれる珈琲やトースト、自家製のメニューを堪能
文=難波里奈 撮影=平石順一 ■ 「ここにいる時間が幸せ」 「50周年まで営業できたら万々歳だと思っていたから、この先は何も決めていないんです。」と話すのは、2024年11月で目標にしていた年月を迎えた江古田のモカを営む藤野ミチコさん。 【写真】ポテトサラダ、デザート、コーヒーも付いてくるトースト。知る人ぞ知る裏メニューとは… 「人生は1度だけだからやりたいことをやる」をモットーに、自分の城を持ちたくて喫茶店経営の道を選んだ。当時、新宿にあった喫茶学校に通い、池袋の喫茶店で修行はしたものの、もともとの器用さもあり、すぐに何でも一人でできるように。 一度聞いた注文はすべて頭の中に入っているそうで、今も伝票は書かないというのも才能のひとつ。また、覚えやすい「モカ」という店名は、聞いた人がすぐに喫茶店だと分かるようにつけたそう。 ゆったりとした2階席もあるが、現在はよほど混み合ったとき以外は1階のカウンター席をメインとしている。お寿司屋さんみたいでいいですね、と言うと、「そうなの! 目の前にいてくれたらお話もできるし、淹れたての珈琲も出来立ての食事も、一番美味しい状態で提供できるでしょう?」と藤野さん。 コロナ禍も席数を減らしてそれまでと変わらず店を開け続けた。その理由は、「自分のリズム、お客さんのリズムを崩したくなかったから」ときっぱり。今までにない事態に戸惑うも、「もっと大変な人が世の中にいるからプラスに」と考え、この機会に原点を振り返ってみた結果、現在のスタイルになった。 あたたかい珈琲はもちろん、一般的にはまとめて淹れられることも多いアイスコーヒーもモカでは注文のたびに作る。「その人のために、という気持ちでやっているの。なんでも手を抜いたら美味しくならないから」という言葉の通り、お一人でやっているにも関わらず、都度泡立てる生クリームや、ストレートコーヒーにつくクッキーやポテトサラダもすべて自家製というこだわり。 メニュー表を見ていてどんな飲み物だろう、と気になったゴールデンジュースという文字。こちらは、疲れているように見えた常連客の元気が出るように、と作ってあげたのが始まりだというやさしい一品で、珈琲気分ではないときにもぴったりのメニューだ。 そんな風にすべてに手間ひまをかけているにも関わらず、モカでは令和の時代にブレンドが一杯360円で飲めることにも驚いてしまう。「私も昔はイケイケだったから野望もあったけれど(笑)、この年になったらもう儲けは二の次」と、これからは来てくれるお客さん一人ひとりに還元していきたい、と頭が下がる台詞。「珈琲一杯に500円も出したら、何回も来られないでしょう? 1日に2回来てくれたら、私も2回会えるから、ね」 損得なしの姿勢で、日々やってくる人たちを丁寧にもてなし、良い仕事ができたと思える夜を迎えられたらいい、とはにかむ。「良いことも悪いことも、自分の責任。私はここにいる時間が幸せ」と言うそのやわらかな笑顔を見て、長い間モカが愛され続けている理由を知る。この先も藤野さんが楽しいと思える限り末永く続けてくれるよう、またすぐにあの笑顔に会いにいかなくてはと思うのだ。
難波 里奈