“トヨタ帝国”に死角はないのか? ダイハツ完全子会社化の戦略を読み解く
“トヨタ帝国”の世界戦略
今回の会見で説明されたのは、開発生産に関する部分と、グローバル戦略の話だけである。国内販売の部分に関しては一切言及がなかった。平たく言ってしまえば、ダイハツ・ディーラーをトヨタ・ディーラーに組み込んで「販売のトヨタ」の力がさらに強まるのかどうかについてはリリースに書いてある以上のことは明らかになっていないのだ。 豊田章男社長の発言を要約するとこういうことだ。トヨタは小型車に強くない。基本的にトヨタという会社は衝突安全や環境技術など、自動車の中で比較的重厚長大な部分にアドバンテージを築いてきた。その結果、従来小型車はミドルクラスのクルマの技術を下に下ろしていく方向で開発してきた。それはコスト的にどうしても不利な面は否めない。 対してダイハツは軽自動車を軸足に小型車の技術を開発していくことを得意としてきた。実際、ミドルサイズ以下では、トヨタ・ブランドで売られているにも関わらず、開発はダイハツが請け負って来たモデルも少なくない。豊田章男社長は「トヨタにも小型車作りの長い伝統がある」と強調するが、筆者は社内向けのリップサービスの側面を強く感じた。 少なくとも、現状に鑑みれば、小型車作りをダイハツに移管することは十分以上に合理的な判断だと言える。しかし、トヨタが「自社にも小型車作りのノウハウはある」と力説する通り、トヨタの側も実績がないわけではない。それだけでは完全子会社化をするだけの理由には弱い。最も大きいのはグローバルマーケットでのダイハツの強みをトヨタが吸収したいということだろう。 あくまでもざっくりした話として、世界の新車販売は約1億台に近づいている。そのうち1/4近い2300万台は人口14億人の中国で売れている。例えばフォルクスワーゲンはグローバル生産台数の1/3を中国で販売している。すでに富裕層にはクルマが行き渡った中国だが、現在も新たな中間層が続々と生まれ続けており、すでに売れ筋の中心は非富裕層へと移り始めている。これまでのような日の出の勢いはないにしても、廉価なクルマであればまだまだ台数上積みの余地が大きい。 そして「ポスト中国」の最右翼と目されているのはインドだ。中国に次ぐ12億人に人口に対して、新車販売台数は300万台に満たない。しかもすでにモータリゼーションが始まっている。誰がどう見ても今後10年で販売数が激増する要因しかない。 そしてASEANである。中核となるのはインドネシア。人口2億5000万人。日本の倍以上である。ついでフィリピンとベトナムが約1億人。タイが7000万人という具合でASEANの域内人口は6億人だ。販売台数はインドと同じ300万台。ASEANの場合、国ごとに経済力差があるので一概には言えないが、経済ブロックとして大きなポテンシャルがあることははっきりしている。 中国、インド、ASEANを併せれば、向こう20年で5000万台規模のポテンシャルがあり、自動車の全世界総生産台数は現状の1.5倍になる可能性は十分に考えられる。トヨタは現在1000万台規模だが、この舵取りを上手くやれば2000万台という前人未踏の台数が視野に入ってくる。つまり今後の自動車メーカーの成長は新興国マーケットでの競争力が握っていることになる。そのつもりで3つのマーケットを見直してみると、中国で最も成功しているのはフォルクスワーゲン、インドで最も成功しているのはスズキ、ASEANで最も成功しているのはダイハツということになる。 さて、1990年代に衝突安全試験が必須になって以来、自動車の開発には膨大なコストがかかるようになってきた。排気ガスに対する規制も、自動車が増え続けている現状、間違っても緩和されるとは思えず、より厳しくなる一方だろう。さらに自動ブレーキなどの電子デバイスの採用も安価なモデルにまで進むはずだ。そうした中で、未来を決める新興国マーケットの激戦を戦っていくにはダイハツの資本力だけではいかにも心許ない。そして従来の連結決算子会社、ダイハツがどれだけシェアを奪えるかがストレートにトヨタの戦績に響く状況になっていたわけだ。 この重要な勝負所に必勝態勢を整えるために、トヨタがより直接的なガバナンスを強め、資本と技術でダイハツを後押ししたくなるのは容易に想像がつく。後方から指示を出しているだけでは我慢ならず、自らプレイヤーとして参加したい。しかし高コスト体質のトヨタ車では新興国では戦えない。それならばダイハツの低コスト開発力をブランドとしてそのまま維持しつつ、グローバルな戦局には直接参戦するために、ダイハツを完全子会社化することに大きな意味があるだろう。