ドワンゴ経営者が心を震わせサポートする謎の画家、ビジネスにも通じる「無常」とは
実は、僕自身が2006年に「ニコニコ動画」という動画共有サービスの立ち上げに関わった動機も、多くの人に表現活動の場を提供したかったからなんです。価値観が細分化、複雑化、多様化して「好きなものを突き詰めれば突き詰めるほど孤独になっていく」人たちを救いたかった。 自分が好きなものを動画で公開することを通じて、共感してくれる人たちと出会い、「精神的な安心・安全」を感じることができれば、彼らはもう一度リアルな世界に出て、「人と会いたい、つながりたい」と思えるんじゃないかと考えたんです。だから、加納さんの言葉に深い共感を覚えました。 もう1つは、タイトルや画題がないこと。その理由について加納さんは、「自分は『無常』を描いているから」と言っています。タイトルや画題を決めた瞬間に、その絵は有限になってしまうと言うんです。 絵を見る人が抱いている感情、いま置かれている境遇、未来に対しての希望や落胆、 あるいは知識、経験、心情、宗教などの情報と絵が結びつくことで、絵の意味は無限に広がっていく……常に流れていくものだから、ある人が同じ絵を次に見たときには、おそらく違う見え方になる。加納さんはこれを「無常」と呼んでいます。作品はアーティストのものではなく、観る人のためのものである……この信念にも共感しました。 ● ビジネス界の巨人たちが 加納節雄のアートに心を奪われる理由 ――横澤さんを含め、ビジネス界のトップリーダーたちが、加納節雄の作品に魅了されるのはなぜだと思いますか? 横澤 「世界観に己がない」からではないでしょうか。もちろんあの絵は加納節雄が描いているのですが、そこに加納節雄はいないんです。己がないというのは「自己犠牲」という意味ではなく、「相手も私であり、私も相手である」ということ。そこには伝統的な日本の美学があるんですよ。
江戸時代までの日本人は、人と人との「思いやり」や「つながり」に豊かさを感じ、多様性を大切にしていたと思うんです。しかし、明治になって外国から「個人」という概念が持ち込まれたことによって、いつしか人生の価値は「個人の夢をいかに実現するか」にシフトしていき、「自分さえ良ければいい」という発想になっていく。 お金持ちでありたい、社会に対する影響力を持ちたい、地位も名誉も欲しいとなると、私利私欲ですべてが動いていく……僕はそれが「失われたもの」と思っています。 加納さんの絵は、この「現代社会にぽっかりと空いた穴」を埋めてくれるような存在なのです。卑近な言葉で言えば、「世のため人のため」とか、「お天道さまが見てる」というような視点……僕は、それこそが加納さんが表現したい「無常」じゃないかなと思っています。 昔の近江商人には「三方よし」(売り手、買い手、世間の3つすべてにとって良い商売を心掛けるべし、という考え方)の教えがありますが、現代ビジネスの世界でも、重要な経営判断を下す際には、利己的ではない、公共的な思想は不可欠です。トップリーダーたちは、加納さんの絵にそんなことを感じているのではないでしょうか。 ● ビジネスリーダーに共通する 世の中の景色を変えるアート思考 また、僕自身もそうですが、ビジネス界のトップリーダーたちには、多かれ少なかれ「世の中をこんな景色に変えたい」という漠然としたイメージがあると思うんです。その「理想の景色」が、加納節雄の作品に描かれているからかもしれませんね。 今の若者たちに、自分が好きなものを思いっきり「好き」と言える居場所を作ってあげたい。もっと自信や勇気を持って何かにチャレンジしてほしい。ひいては日本が、世のため人のためにみんなが動いていくような世界をつくりたい……社会に大きなインパクトを与える企業の経営者たちは、誰もがこうした理想を胸に抱いて仕事をしています。 加納さんの作品には、彼らの心を揺さぶる力が宿っていると信じています。今後も、彼の作品を、最良の形で世の中に紹介していきたいですね。
ダイヤモンド・ライフ編集部