「“料理にレシピが必要”は思い込み」自炊疲れしている人に、料理研究家・土井善晴が伝えたいこと #昭和98年
日々の基本は「一汁一菜」でじゅうぶん
――料理が苦手な人がもっと気楽に台所に立つためには、どうすればいいのでしょうか。 土井善晴: 日本には昔から、料理をするにしても食べるにしても、栄養的な面も含めてすべてを網羅する「一汁一菜」。つまり、お味噌汁とご飯、漬物です。これを一日3食食べていればなんの問題もありません。全て発酵食品ですから、人間が美味しくつくろうと考えなくても良いのです。それは自然物ですから飽きることもありません。フランスのチーズにパン、ワイン、ハムも全て発酵食品ですね。それに温かい野菜スープで、フランス式の一汁一菜になります。 漬物がなくても、味噌汁を具沢山にすれば、味噌汁がおかずの一品をかねますから、ご飯と味噌汁だけでいいわけです。お椀一杯分の具とお椀いっぱいの水(8分目)を鍋に入れて火にかけ、煮立てば味噌を溶いて、しばらく馴染むまで煮れば出来上がりです。これなら子供でも作れます。具材は包丁を使わずに手でちぎったって構わない。味噌汁の具は何を入れてもいいのです。火の通りに時間がかかりそうなら、小さめに切る。どんな具材も煮ればいずれ柔らかくなります。出汁は不要です。すべての食材から水溶液、味が出て美味しくなります。フランスでも、中国でも、家庭料理は全て水が基本です。スーパーに行く時間がなくても、今あるものを食べるということでいいのです。そうすれば家庭から出る食品ロスもなくなります。有限のお椀の中に無限の変化があるのです。同じものは作れないのです。その変化が楽しいし、感性を豊かにするのです。 一汁一菜でよいのです。その上で、自分が食べたいもの、家族に食べさせたいものと出会えば、魚ならグリルで焼いたり、フライパンで肉を炒めたりすればいい。そうすれば、肉を焼くことに集中できるでしょう。皮をパリパリに焼きたいのであれば、火の通し方に自分で工夫するし、自分自身で火の通り加減を見極めるんです。食材の変化を見てどうかなと考えることがお料理です。料理は面白い、楽しいものだとわかると思います。 シンプルな調理方法には、そういう料理の楽しみがあります。これがクリエーションです。料理はとても大切なもの、気分のいい時に料理をすればいいのです。時間も、気持ちも、お金も余裕がない時は、なにも考えずにご飯を炊いて、味噌汁だけ作ればいい。家庭料理で苦しんではいけません。一汁一菜でいいですからお料理してください。必ずいいことがあるはずです。 ----- 土井善晴 大阪府生まれ。料理研究家。スイス、フランスでフランス料理、大阪味吉兆で日本料理修業。土井勝料理学校講師を経て、1992年おいしいもの研究所を設立。十文字学園特別招聘教授。東大先端科学技術研究センター客員研究員。最新著書は『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)。家庭料理の楽しさを見出したこと、和食文化研究において2022年度文化庁長官表彰を受賞する。 文:田中いつき 「#昭和98年」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。仮に昭和が続いていれば、2023年で昭和98年。令和になり5年以上が経ちますが、文化や価値観など現在にも「昭和」「平成」の面影は残っているのではないでしょうか。3つの元号を通して見える違いや残していきたい伝統を振り返り、「今」に活かしたい教訓や、楽しめる情報を発信します。