古代ローマは「人間」が面白い! 歴史学者がそこに着目してこなかった理由とは。
昨年4月に刊行を開始した「地中海世界の歴史」(全8巻)。メソポタミア・エジプトの文明の誕生から、ローマ帝国の崩壊まで、4000年の文明史を一人の歴史家の視点で描くシリーズとして注目されているが、1月刊行の第5巻からはいよいよ「ローマ文明」だ。ローマ史を専門とする著者・本村凌二氏(東京大学名誉教授)によれば、日本人の「ローマ史の見方」はこの50年でずいぶん変わってきたという。 【写真】全8巻のラインナップ
「ローマ史」だけ見ても、歴史はわからない
――そもそも、どんな関心から「ローマ史研究」の道に進んだのですか? 本村もともと外国のこと、アメリカよりもヨーロッパのことに興味があったのですが、何となくローマ史をやるようになったのは、実は地中海とか、ヨーロッパとか、いろんなところに行けそうだっていう安易な動機はありました(笑)。 ただ、勉強を進めていくうちに「地中海世界」っていう捉え方があることに気がついてきた。「地中海世界」とは、単に地中海に面した地域のことではなく、メソポタミアやエジプトに起こったオリエント文明から、ペルシア帝国、古代ギリシアを経て、ローマ帝国の成立と崩壊にいたる大きな歴史の舞台です。 この「地中海世界」ほど起承転結がはっきりとした文明世界っていうのは、ほかにない。しかも、オリエントからギリシア・ローマまでさまざまな文明が興ったけれども、この世界を政治的にも社会的にも一つにまとめ上げたのはローマ帝国しかないんですよね。 人類の文明史5000年のうち、4000年は古代なのです。現代文明のなかで、この古代と呼ばれる時代によって規定されている部分は非常に大きい。 それで、50代のころから、地中海世界、地中海文明という見方で古代文明の全体像を書きたいなという気持ちが出てきて、いつかやらなきゃいけない、いや、やるべきだと思うようになったわけです。 本村地中海世界とローマ帝国というのは非常に重なっている部分も多いけれども、オリエントやギリシア、ヘレニズムなどは専門ではないから、一人で書くつらさもわかっているつもりでした。でも、大変なのは4巻のヘレニズムまでだろうと思っていた。5巻からは自分の専門分野だし、なんとでもなるだろう、とか。 でも書き始めたら、やっぱりこれが難しいんですよね(笑)。今までにいろいろ研究したり書いたりことが、地中海世界の物語として、うまくつながっていくかなというのが……思いがけない苦労で、四苦八苦しているわけです。 ――「地中海世界」からローマ史を描いていくと、あらためて発見がありますか? 本村地中海世界という広い歴史世界の中で見ると、ローマというのはギリシア、オリエントから相当に多くのことを学んでるんだな、ということが改めてわかります。 よく言われる「すべての道はローマに通ず」あるいは「ローマは一日にして成らず」という言葉は、なにかローマを歴史の中心において見ているように感じますが、ローマの巨大な文明は、ギリシア人に限らず、エトルリアやメソポタミアのおかげをこうむっているところがあるのだと思います。 「すべての道」っていうとアッピア街道みたいな道路網をイメージするけども、ローマ以前の地中海世界の歴史がそこに統合されてくるという、そういう意味で「道」なんだろうと思いますね。数千年の間に、栄えては滅んだ数々の文明が、愚直なローマ人に大帝国を造らせたということもできます。 このシリーズを執筆しながら、「ローマは一日にして…」とか「すべての道はローマに…」という格言を、改めて新鮮に噛みしめているところです(笑)。ローマ史だけを見ていても、そこのところはよくわからないんですよ。