深圳・男児刺殺事件と「日付」のタブー――日本人が気付いていない現代中国の歴史感覚
今年9月18日、中国広東省深圳市で日本人学校に通う10歳の男児が男に刺されて命を落とす痛ましい事件があった。発生したこの日は満洲事変の記念日で、中国政府側の説明はなされていないものの中国国内の反日感情が関係していた可能性が高い。奇しくも同日に新著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)を刊行した安田峰俊氏が、事件の背景と中国人の歴史観について解説する。 *** 現地に滞在する日本人には「常識」だが、日本国内の一般人はほぼ意識していない中国のタブーは多い。その最たる例が「日付」だ。かつて盧溝橋事件が起きた7月7日、満洲事変(柳条湖事件)が起きた9月18日、南京大虐殺犠牲者の国家追悼記念日の12月13日は、在中日本人にとって非常に敏感な日付にあたる。いずれも中国国内の反日感情が高まり、在中日本人が嫌がらせを受けるような事態が増えるからだ。 実のところこれらの日付は、1980年代までの中国ではそこまでセンシティブではなかった。かつての毛沢東時代の中国は台湾の国民党やソ連が主敵、さらに鄧小平時代も戦略的理由から日本と友好関係を結ぶ必要があり、日本との歴史問題が政治的にクローズアップされることは少なかったからだ。 その後、90年代なかば以降に江沢民政権下で、従来の社会主義イデオロギーに代わって国民を団結させるツールとして「愛国主義」が採用され、対日歴史問題が世論に大きな影響を与えはじめる。ゼロ年代以降はネットの普及で国民のナショナリズム(≒反日感情)が強化され、前出の3つの日付は従来に増して特別な意味を持つことになった。習近平政権下の2014年には、12月13日が国家追悼記念日に指定されている。 いっぽう、大多数の日本人は、戦史マニアでもない限りはこれらの日付を覚えていない。そもそも日本人にとっての「先の大戦」は、太平洋戦争や空襲・原爆投下のイメージが強く、満洲事変以降の中国侵略はあまり意識されない。そのため2010年ごろから、企業や日本国家がこれらの日付に無頓着なまま「地雷」を踏む事案が頻発してきた。