多くの人が速すぎる…適正な速さは、なんと「駅の階段10秒で5段」の遅さ…下山後の疲労が激変するはず
ゆっくり上るのは難しい
なぜ、上りでゆっくり歩けないのでしょうか。次のようないくつかの理由が考えられます。 ふだんの生活で行っている階段上りを考えてみます。 駅の階段で、急がずに上っている人の登高速度を調べてみると、700~800m/hもの速さで歩いています。これは登山に適した速度の約2倍ですが、これが誰にでも支障なくできるのは、駅の階段の標高差が5~6mしかないからです。 このような日常での登高感覚が身体に刻み込まれているために、山でゆっくり歩いているつもりでも、まだまだ速すぎるペースになってしまうのです。 また、人気のある山では周りにたくさんの人がいて、下の、駅の階段上っている写真のような速いペースで上っているので、どうしてもその速さに合わせてしまいがちです。後からついてくる人があれば、追い立てられるように感じて、ペースが上がってしまうかもしれません。あるいは、自分のパーティの先頭の人が速く歩いて、後に続く人たちが無理をしてしまう場合もあるでしょう。 上りでの安全速度を知るために、駅などの階段で次のような体験をしてみてください。公共施設の階段は、1段の高さが約16cmに統一されています。これを10秒で5段上るペースにすれば、登高速度が約300m/hとなります。登山の安全速度がいかにゆっくりかがわかると思います。ちなみに10秒で7段を上れば約400m/h、10秒で9段を上れば約500m/hのペースになります。 6メッツ台のペースでは遅すぎると感じる人も多いでしょう。先頭を歩く人も、後の人たちが息も切らさずついてくれば、速度を上げたくなるかもしれません。しかしこのペースを堅持すれば、疲労せずに歩き続けられるので、1日の行程を思った以上に快調に消化できます。 たとえば、弱い人がバテてしまってペースダウンすることがなくなります。また、疲労を回復させるための休憩時間はいらなくなるので、着替えや水分補給といった最低限の休憩時間ですませられます。登山後の疲労やダメージも少なくなるので、翌日の日常生活、あるいは2日目以降の登山をより快適に行うことにもつながるのです。 上りで疲労せずに歩くには、主観強度(心理的な強度)、心拍数(生理的な強度)、登高速度(物理的な強度)という3つの強度指標が参考になり、今回取り上げたのは登高速度にあてはまります。この度刊行した『登山と身体の科学』では、他の2つの視点もあわせて、上りで疲労しない歩き方を検証しています。ぜひ、ご参考になってください。 *次回は、悩んでいる人の多い下の歩き方についての説明をお届けします。こちらの公開は5月20日(月)の予定です。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術 安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)