【厩舎のカタチ】厩舎の行く末を決めた出会い ~友道康夫調教師~
厩舎に根付くアドマイヤジュピタの教え
厩舎に〝初〟をもたらしたアドマイヤジュピタは、栄誉とともに〝教訓〟を残した。それは彼が開花することなく、散り際まで追いやられたことによる。2歳11月にデビューし堅実な走りを続けるも、3歳春のすみれSで3着に終わり賞金加算に失敗。中1週で挑んだ6戦目のゆきやなぎ賞。ダービーを目指すべき馬――。その思いに応えて2勝目を挙げた彼の脚は、ついに悲鳴を上げた。右後肢飛節の骨折。再びターフに戻ってくるまで、1年4か月以上を要した。それも、脚にはボルトが入った状態で。 「調教にしてもレースにしても、人間本位ではいけないと思わされた。あの時の失敗から、考えが変わった」 ただ、ジュピタ自身は生命力を失っていなかった。かつて目指した頂に上り詰めた同い年の2冠馬メイショウサムソンをアタマ差で下す。初めて立った表彰台からの光景は、涙でにじんでいた。 「ちょっとした異変に、どんなときでも気づけるように」。その信条は今、厩舎にしっかりと根を下ろす。 調教コース開場から5時間以上が経過しても、大仲(厩舎スタッフの休憩所)付近には笑顔の花が咲く。調教メニューを記したホワイトボードを前に、スタッフたちが翌日の調教メニューについて議論を交わす。真剣に、時に冗談を交えながら。 「どんな状況でも“友道クオリティ”を下げることがないように」。その中心にいるのは、友道厩舎一筋の番頭格、大江祐輔調教助手。俯瞰的に各馬を確認、スタッフの報告を受けて調教強度、それに適したパートナー、乗り手等、各担当者の思いも聞きながら、答えのない問いに皆で最適解を導き出す作業だ。 同年代が作り出す輪の中で、意見の相違が全くないわけではないが、「それぞれの思いだけを優先しても、馬にとっても厩舎全体にとってもいいことはない」(大江助手)。ただ、その光景はピリつきとはまた違う。「責任を持たせてもらいつつ、のびのびと」と言う、こちらも厩舎一筋の安田晋司調教助手の言葉が胸に響く。 そのスタイルを見守る者の姿も。その一人が島明広調教助手。伊藤雄二厩舎時代、ウイニングチケットでダービーを制した大ベテランはこう言って、笑みを浮かべる。 「同年代でもより経験がある者が、少ない者に教えてお互いを高めあっている。こちらは聞かれれば教えるくらいで、出しゃばっても仕方ないんだから(笑い)。それは先生も同じだと思うよ」 知見を広げ、馬への学びが増えていく。ホワイトボードに目を戻すと、貼られた馬名の近くには、調教前、調教、調教後と3つの名前が記されている。各馬に担当者はいるため、3つの名前が同じこともあれば、バラバラになることもあるという。「全員で馬を見て〝分からない〟ということがないようにしている」(石橋直樹調教助手)。スタッフが何かの事情で欠けても異変を察知する。そして、みんなが携わるゆえ、みんなで喜べる。それは、〝あの馬〟も例外ではない。 「ほとんど全員、触ったことがあると思います」 調教に物足りないのか、元気いっぱい馬房で寝起きを繰り返す、チップまみれのドウデュースを前に、前川和也調教助手は話す。同馬が天皇賞でベストターンドアウト賞を受賞した際も、「厩舎全員の力でいただいた賞」と前川助手はコメントを残していた。今回、この賞は〝勝利〟にも置き換えることができそうだ。