「恩返しが何もできていないので」箱根駅伝で“伝説の17人抜き→40年ぶり予選落ち”の波乱万丈…東海大・村澤明伸(33歳)が今も現役を続けるワケ
いまのモチベーションは「周囲への恩返し」
今、村澤を走らせる、一番のモチベーションとは何だろう。 「これというのは特になくて、周りの方に自然と作りだしてもらっているイメージですかね。サポートがなければここまで来ることはできなかったですし、それこそ今まで一緒にやってきたチームメイト、恩師であったりスタッフ、トレーナーさんたち。もちろん今所属しているチームもそうですし、関わっていただいた方々に感謝の思いしかありません。もし一つあるとすれば、恩返しがまだ何もできていないこと。そのためにも頑張りたいというのが、今のモチベーションかもしれません」 2017年には北海道マラソンで優勝を果たした。その2年後には東京五輪のマラソン日本代表をかけたMGCにも出場している。日清食品は2021年に陸上部の活動休止を決めたが、その当時、決して調子が良くなかった村澤に、声をかけてくれたのが現在所属するSGホールディングスである。 村澤はことあるごとに「私は人に恵まれているんです」と言うが、裏を返せばそれは、彼自身にも人を惹きつけてやまない求心力があるということだろう。
「やっぱり、予選会を通過するのは難しいんだな」
くしくも今季は、母校の東海大が12年振りに箱根駅伝出場を逃した。村澤は今、現役部員たちと同じグラウンドで汗を流す機会も多く、予選会場にも足を運んだという。 予選落ちして涙を流す後輩たちに、声はかけたのだろうか。 「完全に部の中に入ってやっているわけではないので、あまり声はかけられなかったですね。それよりもやっぱり、予選会を通過するのは難しいんだなって。誰が悪いわけでもないですよ」 たとえ結果が出なくとも、走ることはやめられない。村澤は、今後の目標についてこう語る。 「やはり、競技者として結果にこだわるってところはちゃんと持ち続けていたいですね。そうした自分を大切にしつつ、サポートして下さる方や、陸上界に恩返しができるように、何かしらの結果を残したいなと思います」 結婚して、今は二児のパパ。周りを見れば、競技を引退した同世代も多い。それでもなお現役にこだわるのは、この先に道があると信じているからだろう。ここから果たして、どこまで伸びて行けるのか。本人も多くの関係者も、きっとそれを楽しみにしている。
(「箱根駅伝PRESS」小堀隆司 = 文)
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