なぜ日本がアメリカ以外で初めて月面着陸する国として選ばれたのか? 「アルテミス計画」探査車開発の見返りに得た切符と、米中競争の影
中国は宇宙開発でも着々と追い上げており、米国の危機感は強い。2003年に月探査「嫦娥(じょうが)計画」を開始、2019年には月の裏側の無人探査という「世界初」も達成した。地球上空には宇宙ステーション「天宮」を建設し、飛行士を交代で送っている。 2030年までの有人月面着陸を目指しており、アルテミス計画がさらに遅れれば差は詰まっていく。探査の候補地も南極で、ほぼ重複する見込みだ。月面に研究基地を置く計画もロシアと立て、パキスタンやベラルーシなどを巻き込みつつある。宇宙利用に関する政治宣言「アルテミス合意」への署名国を募り、グループを作るアメリカの鏡像のようだ。 NASAのネルソン局長は2023年8月の記者会見で、領有権争いを抱える南シナ海の島々まで引き合いに出しながら「月の南極に中国が一番乗りし『われわれのものだ、出て行け』と言うようなことは望まない」と述べている。 何につけ民主党と共和党が対立するアメリカの連邦議会にあって、各州に満遍なく仕事を回す「巨大公共事業」の宇宙開発は珍しく超党派の支持が得られる分野だ。しかし足元には困難も抱えている。今年1月にNASAが有人着陸などの遅れを発表したのを受けて開かれた下院の委員会では、NASAの監査担当者が厳しい現実を証言した。2012~2025年にアルテミス計画で930億ドル(14兆円)の負担が生じるとの試算を示し「持続不可能なコスト、信頼性の低いスケジュール、必要な資金に関する透明性の欠如といった懸念に対処する必要がある」と指摘した。
それでもアルテミス計画によって新技術や産業発展を生み出され、科学者や技術者の層を厚くするのに役立っていく可能性はある。アメリカ各地にはテーマパークのようなNASAの展示施設があり、訪れた人たちはスペースシャトルや月の石に触れ、リスクとコストを伴う宇宙開発への理解を深めていく。NASAは子どもたちを次世代の技術者・研究者として科学の世界にいざなう。交渉に関わった日本側関係者の一人も、月面着陸に向けてこんな期待を述べた。「日本もきたるべき瞬間にはみんながスマホにかじりつくんだろうね。刺激を受ける子がたくさん出てほしい」