なぜ日本がアメリカ以外で初めて月面着陸する国として選ばれたのか? 「アルテミス計画」探査車開発の見返りに得た切符と、米中競争の影
▽途切れたノウハウ、進むほど複雑さを増す計画 ここで疑問が浮かぶ。米国は半世紀も前に月面着陸に成功したのに、なぜ遅れを繰り返しているのだろう。NASAでアルテミス計画を率いるマイケル・サラフィンさんに聞くと「アポロ計画とは比べものにならないんだ」と教えてくれた。 まず、この50年で登場した新しい技術を取り入れている。人も入れ替わり、一からノウハウを習得している。今回は企業や友好国と一緒にやるという違いも大きい。ソ連に勝つことが目的だった50年前は、地球に面した赤道付近の降りやすい場所を選んで降りたが、今回は南極付近の日の当たる場所にピンポイントで降り、日陰にある氷を探しにいくという点が格段に難しい。滞在期間も1日単位ではなく1週間、1カ月と長い―。 しかも、アルテミス計画は先に進むほど複雑になっていく。初期の関門はスペースXによる着陸船スターシップの開発だ。2026年の本番では打ち上げられた後、いったん地球の軌道上に置いた燃料補給基地で補給を受けてから月の上空に行き、飛行士の乗った宇宙船オリオンを待つ複雑な運用になる。スペースXのグウィン・ショットウェル社長は「この燃料補給技術の確立が当面の課題だ」と述べている。
2028年の第4段階が、日本人飛行士の月面着陸がありうる最初の機会となる。この時までに月を周回するミニ宇宙ステーション「ゲートウエー」の建設を始め、飛行士の滞在と着陸船への乗り換え拠点にする。2030年の第5段階では宇宙服を着たまま乗る探査車を導入する予定だ。 2031年末ごろに、いよいよ宇宙服を着ずに乗れる日本の探査車を月面に送る。翌2032年に月面に行った飛行士が使う予定で、文科省は2人目の日本人に運用させたいとの絵を描く。その後も滞在施設や発電設備などを設置、2030年代を通じて長期滞在の経験を積み、有人火星探査へとつなげる。ちょっと気の遠くなるような計画だ。 ▽開発に数千億?探査車は月面での「貴重な居住空間」に 日本はゲートウエーの居住棟に機器を提供するほか、物資輸送も担う予定。その引き替えに、日本人飛行士1人が滞在する機会を既に得ている。 今回、月面への切符を得るきっかけとなった探査車は10年間の運用を見込み、月面での活動範囲を大きく拡大する手段となる。月面に滞在拠点がない初期には、宇宙服を脱いで寝泊まりもできる車内は貴重な居住空間だ。開発費は日本政府持ちで数千億円に上るとみられ、貢献の規模としてもかなり大きい。