「1+1=2」の証明で使われる「ペアノの公理」ってなに?『プリンキピア・マテマティカ』に対してゲーデルが指摘した「不完全性」という着想
「次の数字」とはなにか?
ペアノの公理系に初めて接したときに「あれ?」と思うのが、公理2の「次の数字」という概念である。 単に1を足しただけだが、きちんと書くのであれば、英語の「successor」(次にくるもの、跡継ぎ)の頭文字をとって「S」であらわす。 たとえば数字の1はゼロの「次」なので「S0」だし、3はゼロの次の次の次だから「SSS0」である。 これを使うと、有限の記号により、無限に多い自然数を記述することが可能になる。必ず「次がある」という自然数の性質を凝縮した、見事な記号だと思うが、いかがだろう。
数学における「都市」と「下町」
公理系と聞いて、いつも私の脳裏に思い浮かぶのが筑波学園都市、横浜市のみなとみらい地区、あるいはディズニーランドのある浦安市である。 数学全体が「都市」になっているとしよう。その中心部には「算数」の町がある。小学生が算数の足し算や九九を教わるとき、先生は、理路整然としたペアノの公理系から始めたりはしない。もっと実用的な知識を教えてゆく。 それは、町が自然と発達するような感じだ。路地も曲がりくねり、行き止まりもあるけれど、商店街もあるし、学校もあるし、飲み屋もある。汚くて雑然としているけれど、とにかく町として充分に機能している。ちょうど私が住んでいる横浜駅東口の商店街のあたりは、そんな感じである(笑)。 それと対照的なのが、筑波学園都市、みなとみらい、浦安といった、都市計画に則って作られた町だ。道路はまっすぐで、きれいな研究施設やタワーマンションが建ち並び、道路にゴミ捨て場が設置されることもない。きれいで整然としている。住んでいる人にとっては、何も問題ないが、余所者(よそもの)が訪れると、ちょっと気後れしてしまうほど整っている。 学校で教わる算数とペアノの公理系の関係を私は、こんな感じで下町と計画都市の差のようにイメージしている。 もちろん、下町のビルだって、きちんと設計されている。だが、下町の場合、町全体の理想的な都市計画は存在しない(あるいは昔からある道路や建物などのせいで、区画整理もままならない)。 それに対して、たとえば横浜のみなとみらい地区は、個々の建物だけでなく、町全体が都市計画によって作られている。 とにかく計算力をつけるためには、下町でがんばるのがいい。でも、全体像や構造を調べるには、都市計画があったほうがいい。そんな感じである。
竹内 薫(サイエンス作家)