忙しい年末には歌舞伎座の一幕見で話題の玉三郎・團子、浅草観音初詣のあとは勢いのある若手の舞台を
■ 新たなスタートとなる浅草歌舞伎 一方、浅草の正月は、若手による新春浅草歌舞伎(1月2日~26日※休演・貸切日あり)が恒例になっている。 2015年から座頭、つまり若手たちをリーダー的な存在として引っ張っていた尾上松也が、前回2024年で浅草歌舞伎を卒業した。 2025年版の記者会見では、新しく座頭となる中村橋之助(28歳)が、「松也お兄さんから、渡されました」と、たもとから緑色のバトンを出して見せた。 橋之助は、中村芝翫(59歳)と女優の三田寛子の間に生まれた、三人兄弟の長男だ。 「橋之助は、松也に比べると知名度もないし、経験も浅い。松也から受け継いだ浅草歌舞伎の座頭というポジションをどうつとめられるか、正念場でしょう」 1980年以来、1月の浅草歌舞伎は続いてきた。 1989年(平成元年)・1990年・1991年には中村勘三郎(1955~2012 当時は勘九郎)、坂東三津五郎(1956~2015 当時は八十助)らが出演。 1993年(平成6年)・1994年には、現・橋之助の父である中村芝翫(当時は橋之助)、松本幸四郎(当時は市川染五郎)らが出演。 2000年代になると、中村勘九郎(当時は勘太郎)・中村七之助の兄弟が多く出演している。 役者たちは、浅草歌舞伎を経て、歌舞伎界の中心になってきたということだ。 「歌舞伎座は、歌舞伎役者にとって最高の舞台。一方、新年の浅草公会堂は、若手にとって、歌舞伎座では回ってこないような大役を体験できる場です。 私たち観る側にとっては、若手が大きな役に挑むところが観られる。歌舞伎座ではまだ台詞のほとんどないような役を演じることも多い10代20代の頑張りもいいものです」 ■ 美少年から変わっていく染五郎 「私が浅草で観てみたいのは、市川染五郎(19歳)が演じる『絵本太功記(えほんたいこうき)』の武智光秀ですね。染五郎は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)で木曽義高(源義高)を演じ、美しさで評判になりました。2年たった今は、透き通るような美少年の時期は過ぎて、顔立ちもがっちりしてきています。 しかし、それでいいんです。伊藤ハムのCMではないですが、染五郎には継いでいかなくてはならない“松本家伝承”がある。それは『勧進帳』の弁慶だったり、『忠臣蔵』の大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)だったり、大きさの要求される勇ましい役が多い。主君・義経をがっちり守って落ちのびる弁慶が、透明感のある優男では困ってしまうわけで、望ましい道をたどっているといえます。世阿弥のいう“時分の花”を咲かせたあと、これからいよいよ芸を磨いていくのが楽しみですね。 役が決まった時には、まだ武智光秀を演じたことのない父の幸四郎に、『先をこされたな』と言われたそうです。歌舞伎役者は役を父から教わる場合が多いのですが、今回は祖父である松本白鸚(82歳)から教えてもらうことができる。これも、若手が早く大きな役を演じる浅草歌舞伎の良さですね。 私は、自分が十代の頃に、当時の若手歌舞伎で、白鸚(当時は染五郎)の忠臣蔵・大星由良之助を観ました。ちゃんと演じていて真面目そうな由良之助でしたが。それから30年、40年たって、白鸚の由良之助は、登場しただけで大きさを感じさせ、仇討ちを成し遂げて死んでいく運命を背負った男の哀しみを感じさせるものとなっていきました。 数十年後に『2025年に染五郎が初役で光秀を演っているのを浅草で観た』と威張れる可能性があります。 今回は、白鸚に教わってなんとか型を身に着けようとするのが目標だと思いますが。それを年月かけてどう熟成させて自分の光秀を作っていくのか。歌舞伎はそういうところが面白いんです」 浅草の観音様で初詣をしたあと、若手の成長物語を観るのは、一年のいい幕あけとなることだろう。 ※情報は記事公開時点(2024年12月10日現在)。
新田 由紀子