チャペル・ローンが語る、ポップの超新星が歩んできた「茨の道」
喜びに満ちたポップアンセムで人々の心を掴み、第67回グラミー賞で主要4部門含む6部門でノミネート。2024年最大のブレイクを果たしたチャペル・ローン(Chappell Roan)。そこに至るまでの長く険しい道のりで負った傷の数々、手にした名声に対する戸惑いについて赤裸々に語った、ローリングストーンUS版のカバーストーリーを完全翻訳。 【画像を見る】チャペル・ローンの表紙写真
「プリンセス」が掴んだ規格外の成功
「私のグラインダーをデコレーションしてみる?」 ヴィンテージの洋服ダンスの前に立ち、銀色のハーブグラインダーを手にしているチャペル・ローンは、今日何をすべきか考えている。気持ちよく晴れ渡った7月の暑い金曜日、数々のフェスでの圧倒的なパフォーマンスで話題をさらっている彼女は、珍しく休日を過ごしている。トレードマークの腰まで伸びる深紅のウェーブヘアはアップにし、アイラインを除けば化粧は全くしていない。ステージで着用しているピンクのカウガールスーツやハンナ・モンタナのウィッグ、あるいはラテックスのレスリングウェアではなく、今日はグレーのカーゴパンツとそれに合ったボディースーツを選んだ。「普段はグレーと黒しか着ないの。ステージ衣装みたいな派手なのは、プライベートじゃとても無理」と彼女は話す。 ロサンゼルス郊外の静かな住宅街にある、最近借りた1ベッドルームの一軒家には、ポップスターとしての彼女の痕跡が至る所に見られる。即席のクラフトルームにある洋服ダンスの向かいには、仮想チャペル・ローンとなるマネキンがあり、今日は「Casual」のMVで着た透けて見えそうなほど薄いシーフォームカラーの着物と、ニューヨークのガバナーズ・ボール・フェスティバルのステージで使用した自由の女神のウィッグという出立ちだ。引っ越し後の荷物の整理はまだ完全には終わっていないようだ。床にはアンティークのランプや、半分開封された箱が散見される。それでも、ダイニングテーブルの上のヴィンテージのジェダイトの塩コショウ入れや、壁にかかったパステル調の小さな水彩画などが、この家にわずかな生活感をもたらしている。一変した生活と同じく真新しい家だが、その空間は安らぎと温もりを感じさせる。 この春以降、ローンは「快進撃」という言葉では到底物足りないほどの成功を収めている。オープニングアクトを務めた友人のオリヴィア・ロドリゴのツアーは、4月に千秋楽を迎えた。このツアーは、昨年9月にリリースされたローンの快活で鮮烈なデビューアルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』の勢いを加速させたが、決定打となったのはコーチェラでのステージだった。他のアクトのパフォーマンスと同様に、午後の早い時間に登場したローンのライブはYouTubeで生中継され、現場にいた何千人もの観客はもちろん、画面越しにその瞬間を目撃した数百万人を魅了した。そのクリップはソーシャルメディアでリアルタイムに拡散され、大きな反響を呼んだ。 多くの視線が注がれるなか、ローンはニューシングル「Good Luck, Babe!」を初披露した。この曲では、自分が女性を好きだとまだ認められずにいる女の子に恋をするという、女の子どうしの恋愛が描かれる。80年代のシンセサウンドと、ファルセットで歌い上げるビッグで力強く問答無用のサビという、彼女が得意とするスタイルでクィアの少女の切ない思いを歌ったこの曲は、すぐさま彼女の最大のヒット曲となった。コーチェラ2週目のステージでさらに多くの観客を動員した彼女は、明るいピンク色の蝶のような姿でカメラをまっすぐ見つめ、自らを「あなたの好きなアーティストの好きなアーティスト」と称した(サーシャ・コルビーの「あなたの好きなドラァグクイーンの好きなドラァグクイーン」というコメントへのオマージュ)。「みんなに最高のものを届けるよ!」と語りかけた彼女は鳥肌もののパフォーマンスを披露し、オーディエンスはスターが誕生する歴史的瞬間をリアルタイムで目撃した。それ以降、彼女の人生は一変した。 「まだ慣れなくて」と話しながら、ローンはグルーガンをコンセントに差し込み、ダイニングテーブルの前に座った。私たちを隔てている白いユーティリティカートには、小学校の先生がうらやましがるほどのクラフト用品がぎっしり詰まっている。ノラ・ジョーンズの曲が携帯から静かに流れるなか、ローンは宝石やラインストーンのシートを広げて、3時間かけてそれらをグラインダーに丁寧に貼り付けていった。作業の合間には、Erewhonのベラ・ハディッドのスムージーを飲む。「不眠症のせいであまり眠れなくて」と彼女は言う。「リラックスできなくて苦労してる。今の環境になかなか馴染めないの」。 アイコニックな瞬間はコーチェラの後も次々に生まれた。6月に行われたガバナーズ・ボールでは、自由の女神の衣装をまとったローンが大きな赤いリンゴの中から登場した。クールに巨大なジョイントを吸う彼女の写真や動画は、SNSで大きな話題となった。ロラパルーザではヘッドライナーではないにも関わらず、同フェス史上最大の観客を動員。シングル群もチャートインし始めており、そのうちのひとつは2020年にリリースされた楽曲だ。故郷のテネシーを離れてサンタモニカ・ブールバードにあるゲイバーで踊る少女を描いた、2つのギターソロとキャッチー極まりないサビが魅力の黄金のパワーポップ、「Pink Pony Club」はダンスフロアの定番曲となっている。2022年の「Casual」はTikTokでバズり中だ。チアリーダーにインスパイアされた「HOT TO GO!」は野球場でも流れており、「YMCA」スタイルのダンスは男子たちでさえ知っている。 ガバナーズ・ボールの後、ローンはあることに気づいた。「1日にフォロワーが10万人近く増えてたの。最初は何かの間違いだと思ってた」と彼女は振り返る。「実際にデータを見せられても、『違う、違う、そんなはずない』って返すしかできなくて。自分が成功しているなんて信じられなかった」。8月の時点で『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、テイラー・スウィフトの『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』に次ぐ2位にランクインしていた。 踊れること、パーティーで盛り上がること、そしてアガることがポップミュージックに求められている今の状況を、ローンは待ち続けていた。彼女は何年にも渡って、壮大なアンセムを書き、自身のドラァグ・ペルソナを作り上げてきた。圧倒的な存在感を放ちながらも、リアルで身近な存在のように感じられるローンは、まさに「中西部のプリンセス」であり、彼女自身が言うところの「Goodwill(アメリカのリサイクルショップ)のポップスター」なのだ。 「ある日スタジオに歩いて向かう途中で、彼女がこう言ったのを覚えてる。『もう人から何を言われても気にしない。自分が好きならそれでいい』」とオリヴィア・ロドリゴは話す。「これは彼女の決意表明なんだって思った。それが彼女を特別にしている」。 一部の人はローンが一夜にして成功を収めたと思っているかもしれないが、彼女は無数の困難を乗り越えながら、10年近くにわたってキャリアを築いてきた。4年前に最初のレーベルから契約を切られた時、彼女は一から体勢を立て直さなければならなかった。しかし、短期間ではあったが意義深いインディーアーティストとしての活動を経て、彼女は自分の直感を信じることの大切さを学んだ。クィアとしての喜びを表現する楽曲を書き始めた彼女は、その過程で大きなファンベースを獲得した。「ムカつくのは、今ようやくみんなが私のことを気に留めるようになったってこと」と彼女は言う。「私はずっとここにいたのに、マヌケのあんたたちは今頃気づいたの?って感じ」。 しかし、ローンもこれほどの成功は予想していなかった。以前の彼女にとっての"普通”はもはや存在しない。上を目指して奮闘していた頃の彼女は、ショーの規模が少しずつ大きくなっていくことに満足していた。しかし今や、ファンが求めるイメージに応えるだけでなく、今の圧倒的な成功をどう維持するか、あるいはそもそも維持したいのかについて頭を悩ませ、重圧を感じている。「心のどこかでは、もう二度とヒットなんて出したくないと思ってる。そうすれば、誰も私に何も期待しなくなるから」。彼女は静かにそう話す。 一方で、そのキャリアが何度も命さえ脅かしたにも関わらず、このフィールドで戦い続けたいと思っているもう一人の自分が存在していることも事実だ。彼女はこれまでに、今よりも困難な状況を乗り越えてきた。「これが私が夢見た世界だから」と彼女は話す。「今の状況がずっと続くとは限らない。そう考えると怖くなることもある」。