文化財の“廃墟”をどこまで修復すべき? ツアー大盛況「摩耶観光ホテル」がいま抱える難題
廃墟を“修復”する難しさ
ただし、修復には思わぬ問題も立ちはだかっていた。 「人が入れる状態で廃墟を保存するという前例がないんです」(慈氏) 本物の廃墟を観光資源として活用している例はほとんどない。“廃墟観光”といえば、ドラマでも話題の“廃墟の王様”長崎県の軍艦島(端島)が有名だが、最近でこそ非公開部分に入る価格10万円の限定ツアーが行われたものの、通常のツアーは建築物から距離を取った場所に作られた通路から眺めるしかない。 「摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォークに参加された方は、『こんなに近くから見られるの!?』と驚かれます。今回のツアーはさらに中まで入れるわけですが、人が中に入る前提で保存するとなると、本当に参考にできる例がないので、安全性を確保しながら、 自分たちで手探りで直していくしかないんです」 前畑氏は別の角度から補修の難しさを指摘する。 「廃墟が好きで、廃墟を期待して来た人たちに満足してもらうために、どれぐらい手を入れればいいかという問題があるんです。本来、文化財はオリジナルの形に戻して保存するものなんですが、マヤカンは廃墟の状態で文化財になったので、どの時点の状態にすればいいのかを決めるのが難しいんです」 前出のグラフィティを消した件について参加者に聞いたのも、そうした理由からだ。 「映画『デスノート Light up the NEW world』の撮影時に、グラフィティが映画のイメージに合わないため消し、その上で美術さんが廃墟っぽく直したのが現在の状態です。他の落書きや壊れた部分は残した方がいいのか、手を加えて廃墟っぽく直した方がいいのか、そういう意見も聞きながら参考にしたいんです」(前畑氏) 参加者からは「グラフィティがあった頃のことを知らないし、落書きがあるより今の方がいい」という声が上がっていた。 文化庁が廃墟を文化財登録したことに先例がなかったように、マヤカンのような廃墟の活用法も前例がない。安全に楽しめる廃墟として神戸市の観光に寄与できるよう、スタッフは日々頭を悩ませながら取り組んでいる。 なお、2021年にマヤカンが廃墟にも関わらず国の有形文化財に登録された経緯は、以前の記事「“廃墟マニア”に大人気の『摩耶観光ホテル』で進んでいた知られざる解体・墓地造成計画、危機を救ったのは…」で詳しく紹介している。
華川富士也(かがわ・ふじや) ライター、構成作家、フォトグラファー。記録屋。1970年生まれ。長く勤めた新聞社を退社し1年間子育てに専念。現在はフリーで活動。アイドル、洋楽、邦楽、建築、旅、町ネタ、昭和ネタなどを得意とする。過去にはシリーズ累計200万部以上売れた大ヒット書籍に立ち上げから関わりライターも務めた。 デイリー新潮編集部
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