文化財の“廃墟”をどこまで修復すべき? ツアー大盛況「摩耶観光ホテル」がいま抱える難題
わざわざツアーをやる背景「これが最後の機会になる可能性」
ではなぜそこまでしてこのツアーを企画したのか。またなぜこの金額なのか。その意図を主催者でありガイド役を務める「摩耶山再生の会」事務局長、慈憲一氏に聞いた。 まず料金について。慈氏によれば「マヤカンの調査、保存、オーナーにお渡しする使用料などを含めた金額です」という。 参加者が支払った金額の大部分は、マヤカンを少しでも長持ちさせるための調査、保存に回される。またマヤカンを維持するためにオーナーが警備などの維持費を負担しており、オーナー側に使用料を支払うことで少しでも負担を減らしたいという。本来なら廃墟に警備会社をつけるなど“無駄”だとしてコストカットの対象になるだろうが、マヤカンはオーナーの三宮正裕氏の厚意で保存され、警備費用なども三宮氏の会社が負担している。
慈氏によれば、経年劣化に加えて近年の豪雨が確実にマヤカンを蝕んでおり、「昨日も調査を終えて撤収しようとしたら壁が落ちましたし、ドラマ『たとえあなたを忘れても』の撮影中にも落ちたんですね。どちらも人を入れない部分でしたが、安全に見学してもらうための対策はしっかりしないといけないです。だから何年もかけて調べ、やっとここまで公開できるようになりました」 以前から業者に発注して天井や壁などの状態を調べ続けており、調査結果を受けて最適な保存・補修方法を探っていくという。 そして足場を組んでまでツアーを企画した理由は「正直、いつまで見てもらえるかわからないんですよ。極端な話、今回の建築保存ツーリズムが、中で安全に見てもらえる最後の機会になる可能性だってあります。だから見たい方々に、まだ大丈夫なうちに来てもらおうと思って」 相手は本物の廃墟だ。長く手入れをされておらず、いつまでこの姿を維持できるかわからない。完全に入れなくなる前にマヤカンファンが建物内を見られる機会を増やしたいという思いからツアーを実施した。
もうひとつの目的
一方で、これからもマヤカン見学ツアーができることを前提に、参加者に話を聞いて情報を集めるのも今回の目的のひとつだ。2015年から「マヤカン保存プロジェクト」に関わっている前畑洋平氏によれば、 「好きでマヤカンに来てくださる方の声を聞きたいんです。何を見たいか、どういうことをして欲しいか。例えば歴史的な話を聞きたいとか、以前に誰かが描いたグラフィティを映画撮影時に消したことはどう思うか、残した方が良かったか、今の状態がいいのかとか。我々が気づいていない視点もあるでしょう。いろんな意見を聞いて、保存方法やツアーに反映していきたいんです」 ツアーの最後には参加者一人一人から感想や希望を聞き、紙に記してボードに張り出した。その中には「劣化防止のために窓ガラスを入れた方がいい」「額縁の間の後付けの床を剥がして、建築当時の浴槽に戻しては」といった意見も出ていた。こうした声を参考にしながら、これからの補修やツアーの方向性を決めていくという。 ところで気になるのは、現在、建物がどういう状態かだ。一級建築士でマヤカンの文化財登録に尽力した松原永季氏によれば、 「何かあった時に全体が崩れることはないでしょうが、一部が崩壊する危険性はあります。また私が懸念しているのは、植物被害です」 マヤカンは、コンクリート構造物にも関わらず、屋上部分などあちこちで草木が茂っている。根がコンクリートに侵食するのを放置していれば、そこから水が入り鉄筋を弱らせていく。 松原氏と慈氏は「天井が落ちるようなことがあったら、一気に劣化が進みます」と声を揃えた。現在行っている調査とこれからの補修は、「少しでも延命させて、多くの方に見てもらうためです」(慈氏)。