医療訴訟の判決での勝訴率はわずか2割…元裁判官が教える「医療紛争の具体的予防策」
1万件超の事案を手がけた元裁判官にして民事訴訟法の権威でもある、瀬木比呂志さん。『我が身を守る法律知識』は、誰にとっても比較的身近な事柄──例えば相続、離婚と子ども、交通事故、自宅の新築や購入、痴漢冤罪、医療など──に潜むあらゆる法的トラブルに備えるための知識をわかりやすく伝えている。 【写真】なんと現代日本人の「法リテラシー」は江戸時代の庶民よりも低かった? では、医療行為が適切だったかどうかや、医師の過失と患者の健康との因果関係などを問う医療訴訟において、最も大切なことは何か? 意外にも、それは訴訟そのものだけではなく、まず医師選びから慎重に行うことだという。一体どういうことか。 【本記事は『我が身を守る法律知識』の「第8章 日常生活にひそむ危険 医療、日常事故、いじめ、海外旅行、高齢者詐欺」を抜粋・編集したものです。】
医療訴訟は難しいので予防が肝心
医療機関や医師の選択が重要なのは、みずからの健康や生命をゆだねるわけですから当然のことですが、予防法学という観点からしても、その選択は非常に重要です。まずその理由を記し、そのあとで具体的な医療紛争予防策に移りましょう。 医療訴訟は、手間と費用と時間のかかる訴訟の典型です。また、判決になった事件での勝訴率は近年おおむね2割程度と低く、多くの事件は和解で終了します。さらに、請求認容判決や和解でも、割合としては、金額があまり大きくないものが多いと思われます。 これについては、医師の過失、また過失と結果の因果関係の主張立証が難しいこと、また、それらが明らかな場合には訴訟になる前に示談の行われる例の多いことが大きな理由です。 過失については、一連の医療行為の中からそれを特定すること自体がかなり難しいケースもあります。また、その判断は、「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に基づいてなされるところ、これは、医師が属する医療機関の性格(最先端医療を行う大学病院、開業医等)といった各種の事情により異なってきます。 因果関係は、さらにネックになりやすいです。不適切な治療あるいは不作為(必要な治療を行わなかったこと)が認められたとしても、これと死亡や後遺障害等の結果発生との間の因果関係が明らかではない、という場合も多いのです。原告に課されている証明責任を果たすのが難しい場合が多いということです。 また、裁判所が採用して鑑定人に行わせる鑑定にも費用がかかります(50万円から100万円くらいかかることは普通です)。当事者が私的に作成してもらう私鑑定(書証として提出されます)は、医療訴訟では質の高いものも多いのですが、やはり、一定の費用はかかります。非常勤の国家公務員として説明等を行う専門委員の利用も可能ですが、医療訴訟では、判決ということになると、やはり、何らかのかたちの鑑定が、証拠として重要になるのです。 弁護士についても、医療訴訟を多数手がけてきた人でないとなかなかうまくゆかないので、知財・IT関係等訴訟と並んで、経験のある、専門性の高い人を選ぶ必要性が大きいといえます。また、これは一般的にいえることですが、紛争解決に当たってとりうる手段は多数ありますから、それらの選択も慎重に行うべきです。 この種訴訟でも、非常に攻撃的で性急に訴えの提起をすすめる弁護士には、むしろ注意すべきでしょう。医療訴訟の前記のような状況を考えるなら、弁護士に委任した上で、被告(ここでも多くの場合には実際には保険会社)との示談交渉、医療ADR、調停といった方法の可能性をも検討してみるのが適切でしょう。