「春木屋」「はつね」「ぜんや」……王道を往くラーメン・クラシックの魅力とは?
日本初の料理評論家、山本益博さんはいま、ラーメンが「美味しい革命」の渦中にあると言います。長らくB級グルメとして愛されてきたラーメンは、ミシュランも認める一流の料理へと変貌を遂げつつあります。新時代に向けて群雄割拠する街のラーメン店を巨匠自らが実食リポートする連載です。 山本益博のラーメン革命!
チェーン店の「らあめん花月嵐」は時に応じて、特別企画のラーメンをメニューに載せる。最近は荻窪「春木屋」の「中華そば」だった。 私は、荻窪のとんかつ「たつみ亭」へ足繁く通うファンだが、荻窪駅から3、4分の白山神社前にあるこの店へ出かける時、必ず「らあめん花月嵐」の前を通る。いつも素通りするのに、いつだったか、湯河原「飯田商店」の「らぁ麺」の幟が目について、一度だけ店に入ったことがあった。 今回が2度目なのだが、荻窪「春木屋」は駅から至近距離にあるのに、同じ荻窪で「春木屋」ではなく、「らあめん花月嵐」で、「春木屋」の「中華そば」を食べることにした。
自分でもかなり酔狂なことをしているなと思いきや、店内では、若い二人の客が、荻窪「らあめん花月嵐」で、荻窪「春木屋」の「中華そば」を注文して食べているではないか。
スープはかなり「春木屋」に近かった。ただし、盛り付けがなんとも雑で、食べながらちょっぴり寂しかった。 店を出て、「ノスタルジック・ラーメン」のことを考えた。「春木屋」の「中華そば」は、よくいう「ノス系」。郷愁をそそる「ノスタルジック・ラーメン」に類する。醤油ベースの味に、定番のチャーシュー、メンマ、など最小限の具がのっている。私はこういうラーメンが嫌いじゃない。いや、具が盛り込み放題の新種ラーメンより、ずっと好感が持てるのである。 そんなことを詮索していると、我が町西荻窪の「はつね」のラーメンが目に浮かぶのだった。
「春木屋」の中華そばはスープの表面は透き通ってはいるが、油が浮かんでいて、コクがあり、冷めにくい。そこへもってくると、「はつね」はずっと質素で清楚である。具はチャーシューにきぬさやにナルトに海苔と定番のみ。 見た目が質素なばかりか、言ってみると「静かなる」ラーメン。丼一面、華やかで賑やかなラーメンではなく、静けさを湛えて凛とし、派手さはないが簡潔にして、永年の職人仕事で作り手の心意気が反映しているラーメン。食べると郷愁をそそるだけではない。今日的存在感が十分にある立派なラーメンである。 「ノスタルジック・ラーメン」とも違う、名付けるとすれば「ラーメン・クラシック」だろうか。目の前の作り手の居住まい、所作も大きく影響する。釧路の「ラーメンたかはし」で食べたラーメンも、ご主人の手さばきや動きの優しい所作が「静かなる」ラーメンをじんわりと感じさせた。