長谷部茂利監督がアビスパ福岡での5シーズンで貫いた哲学とは?
サッカーJ1福岡で今季まで指揮を執った長谷部茂利監督(53)は、退任前最後の試合を終えて言った。「アビスパ福岡が勝つため、成績を出すため、勝ち点を取るために全てを懸けてきた」。J1に昇格し、定着。そして昨季のルヴァンカップ優勝―。クラブの歴史を塗り替えた5年間の歩みをたどった。揺るぎのないサッカー哲学が、そこに浮かび上がる。(時事通信福岡支社編集部 鎌野智樹) 【写真】ルヴァン杯で初優勝し、カップを掲げる福岡の長谷部茂利監督=2023年11月 ◆1年でJ1復帰 2020年。当時J2で、前年は16位に低迷した福岡の監督に就任した。19年にJ2水戸を7位に押し上げた指揮官がまず着手したのは、攻守の切り替えなどサッカーのベースとされる部分の改善。「キャンプを含め、1カ月でつくった。自分たちは何をしたいのか、どうしたら対等に戦えるチームになれるのか、というところを選手と合わせた」 北九州との同県対決となった開幕戦に1-0で勝利。しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、約4カ月の中断を余儀なくされた。再開後しばらくは下位に沈んだものの、9月から破竹の12連勝。シーズン42試合で29失点と守備の堅さが光り、2位でJ1昇格を遂げた。 ◆「5年周期」を食い止める クラブとしての課題はここからだった。06年、11年、16年とJ1へ復帰したものの、いずれも1シーズンでJ2へ逆戻り。「5年周期」と呼ばれる苦い歴史を持っていた。 迎えた21年。「(最下位の)20位からのスタート。自分たちの立ち位置は下」と長谷部監督は認識していた。「そこから勝ち点を取って上がっていく」「リーグ戦10位以上、勝ち点50以上」。残留にとどまらない高い目標を掲げ、J1での挑戦が始まった。 出だしでつまずき、「最初の数試合は強度の差でことごとく敗れた。内容うんぬんではなく、強度だけで負けていた」。だが、徐々にJ1の水準に適応。前年同様、勢いに乗ると止まらない。4月17日のF東京戦の勝利を口火に、クラブ初となるJ1での6連勝。さらに8月、J1新記録の30戦無敗を誇っていた川崎を1-0で破る金星を挙げた。「限界をつくらない、不可能という考えはない。一つずつ記録を更新していくのが、今のクラブに課されている立ち位置」。勝ち点54で8位に食い込んだ。 ◆コロナに苦戦も、ルヴァン杯で奮闘 続く22年は厳しい戦いに。課題の攻撃力不足が顕著で、リーグ最少の29得点。最終節で辛くも残留を確定させ、14位に終わった。夏場はチーム内で新型コロナ陽性者が相次ぎ、苦しい編成を余儀なくされた。リーグ戦で勝ち星を積めない中、ルヴァンカップでの奮闘が光った。 8月3日、神戸との準々決勝第1戦。福岡はベンチの選手が4人だけで、終盤には控えGKがフィールドプレーヤーとして出場した。1週間後の第2戦でも、それまで出場機会が少なかった選手の貢献が光り、2戦合計3-1で勝利。目標としていたクラブ初の4強入りを果たした。 ◆得点力アップで初タイトル 得点力アップをテーマにした23年。ドリブラーの紺野和也、元日本代表ボランチの井手口陽介(現神戸)が加わったチームは躍動感が増した。 そして大きな偉業を成し遂げた。11月4日の浦和とのルヴァンカップ決勝。2―1で逃げ切り、クラブ初の国内主要タイトルを手にした。「自分たちの最高のパフォーマンスを、あの大会で、決勝戦で出せた」と長谷部監督。リーグ戦で過去最高を更新する7位に入り、天皇杯でベスト4。最も好成績を残したシーズンだった。 ◆勝負に徹する堅守速攻 悲願をもたらした長谷部監督には、貫いてきた姿勢がある。「勝負に徹すること。どうしたら勝ち点を取れるか、試合に勝てるか、引き分けられるか。そこに徹することが大事」 福岡での戦法は堅守速攻。クラブは売上高やチーム人件費はJ1下位で、技術に秀でた選手をそろえるのは難しい。同監督が「ストライカーに2億円払えるチームじゃない」と冗談ぽく言ったこともある。 選手には「最大出力」の発揮を求めた。「自分たちが攻守、切り替えも含めて100%出し切って、初めて五分五分に持っていける」「下手だからボールに触らない、背が小さいからヘディングは競らない、そういうことは、私のチームではあってはならない」。そう訴えた。 ◆ゾーンディフェンスを整備 選手個々の貢献を土台に組織的な守備を築き上げた。「いい距離感、守備のポジショニングから、ボールホルダーやボールに行く」のが原則。「ゾーンディフェンス」と呼ばれる戦術だ。 ボールを奪いに行った選手に連動して、味方もポジションを取ることが求められる。今季加入したボランチの松岡大起は「自分の中ですごく新しい考え方を、監督、コーチングスタッフに教えてもらった」と語る。その上で「一番の肝はコミュニケーション」だと言う。 前寛之は水戸時代から長谷部監督の下で中盤を支えてきた。「僕らが発信して、FWやシャドーを(プレスに)行かせて、僕らがつながり、DFラインもつながっているのが守備の理想だし、福岡の守備の良さ」と指摘する。 日頃の練習でも、連係して守る意識を浸透させた。ボール保持の練習では、複数人が常に攻撃側の役割を果たし、守備側の人数の方が少ない。「普通に行っていては(ボールを)取れない。どれだけコンパクトに、次の狙いどころを持って、それを感じられる選手が何人いるかが大事」と前は語る。組織的な守備を軸に、5年間を通じてチームが大崩れしたことはなかった。 ◆守備からスムーズに攻撃へ ゾーンディフェンスは速攻にもつなげやすい。相手選手へのマークをはっきりさせるマンツーマンディフェンスに比べ、ボールを奪った瞬間に相手との距離が開いていたり、フリーでボールを受けられたりすることが多く、攻撃に転じやすい。最終ラインを支える田代雅也は「守備で良いポジションを取れているからこそ、奪った時にカウンターに行けるポジションが取れるようなフォーメーションや戦術を組んでいる」と言う。 ゴール寸前で体を張って守る場面が注目されることも多かった。ただ、指揮官が目指したのは前線でボールを奪っての速攻。今季も粘りが光ったが、「その回数を減らしたい。もうちょっと前から行きたいし、ボールを取って、つないで攻撃したい」と理想を語っていた。