長谷部茂利監督がアビスパ福岡での5シーズンで貫いた哲学とは?
多くの指導者から影響
長谷部監督は、06年に神戸で指導者としてのキャリアをスタートさせた。当時の監督は、組織的なプレーを徹底させることで知られたスチュアート・バクスター氏で、松田浩コーチが同年途中から指揮を執った。ゾーンディフェンスを得意とする2人について「影響は大いに受けている」と言う。 さらに、「選手の時も含め、たくさんの監督さんに会った。いろいろなことが自分の引き出しになっている」。選手時代にV川崎(現東京V)で指導を受け、神戸でも監督とヘッドコーチの関係だったネルシーニョ氏、神戸でコーチを務めていた時に監督だった元日本代表監督の西野朗氏、現役最後にプレーした03年の市原(現千葉)で指揮していた故イビチャ・オシム氏の名前を挙げた。 福岡で監督を務めていても、コーチの助言に耳を傾けた。「自分が考えていることよりも、コーチがいいものを持っていたら、コーチが指導した方がいい時がある」。多くを取り入れ、今のスタイルが出来上がった。 ◆サポーターの反発にもぶれず 失点を減らすことに重きを置いた戦い方は、多くの得点やゴール前での攻防を求めるサポーターから反発を招くこともあった。今年9月28日に行われた鳥栖との「九州ダービー」は、両チーム無得点で引き分けた。 敵地で勝ち点1を手にしたが、隣県のライバルに是が非でも勝ちたかったサポーターからは選手に批判の声が飛んだ。長谷部監督は珍しく怒りをあらわにし、記者会見で「たくさん点数が入るゲームよりは面白くないが、いい戦いをした。そういうふうに思っていただきたい」と訴えた。 これまでも同様の声を耳にすることはあったが、「勝ち点を取れる監督が一番良い監督。自分なりに、戦略も戦術も交代も選んできた」と信念を語る。「自分たちよがりな気持ちいいサッカーで、楽しいけど勝ち点が取れないのは駄目。勝ち点は取れるけど、面白くない。これはまだいい。J1であり続けるから」。姿勢がぶれることはなかった。 ◆選手と正面から向き合う 個性の強いプロの選手と向き合う上で、大切にしてきたことがある。「やっていることに対して見ることは怠らない。なるべく見ることで情報を得たい」。全体練習が終わってもグラウンドに残り、それぞれの取り組みに目を配る。そして声を掛ける。「聞いた話で『こうだったらしいな』というのが多くなってしまうと信頼関係は失う」と心に刻んでいる。 けが人が出たり、連戦が続いたりした時に、普段は出番の少ない選手が活躍したことが数多くあった。十分な出場機会を与えられない選手との向き合い方にも腐心してきた。「彼らがどういう思いなのかを考える」 選手として、1994年にV川崎に入団。チームには三浦知良、ラモス瑠偉らスターがそろっていた。ベンチを外れる試合も多く、「プロ選手とはいえ、1億円プレーヤーではないし、ずっとレギュラーで活躍した選手ではないから、彼らの気持ちが分かる」と言う。その上で「自分の経験、今まで見てきたことを、自分なりに表現してコミュニケーションを取っている」。練習場はいつも活気にあふれていた。 福岡での5シーズンで一番うれしかったことは。そう問われた長谷部監督は「雰囲気が良かったこと。喜怒哀楽の中で、喜びの雰囲気が多かった」と答えた。自身が選手と正面から向き合ってきたからこそだろう。 ◆目標に届かず退任決断 今季は23年を上回る6位以上を目標に掲げた。7月上旬には6位につけたが、夏場に運動量が落ちて守備の強度を維持できずに失速。主将の奈良竜樹ら長期離脱者も出ていた。その中で長谷部監督は、退任を決断した。 「クラブがもう少し良くなる、飛躍するためには、自分自身が去ることがいいんじゃないか」。続投のオファーを受けていた中、熟慮の末に考えを固めた。 「目標を達成できなければ身を引くのは当たり前のことで、プロである以上、いつも考えている。必ず一つは目標を達成できた4年間だったが、今シーズンは何一つ達成することができなかった。それは監督の責任」。結果にこだわってきた本人の明快な理由だった。 就任当初はJ2。そこから毎年、高い目標を定めてはクリアし、クラブを押し上げてきた。念願のJ1定着に導き、今季も残留争いに巻き込まれることなく12位で終わった。決して悪くない成績だが、満足はできなかった。 ◆「全てを懸け、やり切った」 12月8日、福岡を指揮する最後の試合となったJ1最終節の川崎戦。1-3の敗戦にも、すっきりしたような言葉を並べた。「アビスパ福岡が勝つため、成績を出すため、勝ち点を取るために全てを懸けてきた。自分たちの向上、改善、修正、成長。そういうことをいつも考えてやってきたので、充実していたし、やり切った」 ラストゲームの相手、川崎で来季から監督人生が続く。「いい監督というのはチームを勝たせる。優勝する監督が一番いい監督だと思う。それを目指す」。新たな挑戦に臨む。