「日本のブレイクスルーと未来」、日・米・印を結ぶサイマ・ハサンに聞く
日本企業がDXを進めるうえで抱えている2つの課題
このときロシュニに活動資金や雇用先を提供してくれたのが、シリコンバレーのハイテク企業のCEOやリーダーたちだった。「その多くがインド系アメリカ人のディアスポラや移民で、インドの社会的課題について共鳴し合える人たちだった」とサイマは言う。その後、タタ・グループなどインド有数の企業からの支援もあって、ロシュニは大きな社会的インパクトを成し遂げた。 「ロシュニのプログラムを受けた約20万人の女子学生のうち90%以上が貧困の連鎖を断ち切ることができました。インド政府も我々の活動を認め、インド最高裁判所から教育や生活技能関連の政策についてアドバイスする委員に任命されました」 インドでスキル訓練を受けた女性たちとシリコンバレーの起業家の間にパイプラインを構築する。ロシュニの活動を通じて、サイマは「つなぐ」ことの価値を実感した。一方で、非営利セクターには限界があることにも気づいたという。 「特にインドでは、非営利セクターのほうが政府機関と一緒に社会的インパクトを起こしやすい半面、企業からはCSR(企業の社会的責任)活動の一環としてカテゴライズされます。そのため、パイプラインは構築できましたが、雇用機会の創出や雇用形態、給与については、企業側に委ねざるをえませんでした」 女性たちが高収入を稼ぎ続けるためには民間セクターとより密に協力し、革新的なビジネスモデルを構築していく必要がある。それにはまず、自分自身がビジネスについて深く学ぶべきだ。そう考えたサイマはハーバード・ビジネス・スクールに進学した。そんな矢先、連続起業家で日本企業とのビジネス経験が豊富な夫・シャージールから思いがけない提案を受ける。 「君は日本企業とつながりをもつべきだ。シリコンバレー同様に日本企業も、DX推進のため、インドで訓練を受けた女性たちを必要としている。さらに日本企業をシリコンバレー・エコシステムへとつなぐこともできるユニークな立場にある」 シャージールとサイマいわく、日本企業はDXを進めるうえで2つの課題を抱えているという。1つはデータのクリーンアップや構造化、タグ付けなど、AIの活用に不可欠な作業を担うデジタル人材が圧倒的に不足していること。2つめは、シリコンバレー発のテック系スタートアップと連携したくてもインナーサークルにアクセスする手段がないことだった。加えて、仮に日本企業がシリコンバレー企業にアクセスできても、そこには文化や仕事の進め方の違い、言語の壁、そして製品のローカライズという3つの障壁があることもわかった。 「このことに気づいた夫と私は、『これこそ私たちが解くべき課題だ』と思いました。私にはシリコンバレーの起業家やインドで訓練を受けた人たちとのネットワークがあり、夫は日本のビジネスを熟知した技術者だったからです」 17年に夫婦でエボリューションを共同創業した。エボリューションの業務の柱はVC、インキュベーション、デジタライゼーションの3つだ。投資事業では300を超えるスタートアップを支援し、2000を超えるシリコンバレースタートアップを日本に誘致してきた。投資の大半はシリコンバレーをはじめとする米国発の企業だが、ポートフォリオの10~15%は他国の企業が占める。インキュベーションでは、組織づくりや人材採用、顧客開拓の支援、出資などを通じて投資先企業がスムーズに日本市場に参入できるようサポートする。デジタライゼーションに関しては、インドとシリコンバレーに50人以上のエンジニアからなるチームをもち、企業の製品開発や製品のローカライズなどをサポートする。