障害者への合理的配慮の義務化で何が変わるのか 「障害者差別解消法」の改正を怖がる必要はない
しかし、ホテルの厨房はバイキング食を提供するのに手一杯で、特別な食事を用意する余裕はありません。そこでホテル側は事情を説明したうえで、普段は認めていないバイキング食の部屋への持ち込みを提案することにします。 親御さんはバイキング会場からスマートフォンで料理の動画を送り、お子さんが食べたい料理を皿にとって、ホテルが用意したワゴンで部屋に運ぶ。何度か往復して、最後にデザートで締めくくる頃には、お子さんの気持ちもだいぶ落ち着いて、楽しい旅行にすることができた──こんなケースがあれば、それはまさしく建設的な対話といえます。
このケースでは、ホテル側はワゴンを提供しただけで、人員も追加の費用もかかっていません。こうした合理的配慮ならば、組織全体で大がかりに取り組むことが難しい場合でも、現場の判断で臨機応変に対応できるはずです。だから、必要以上に不安を感じ、身構えないでほしい。それが、改正障害者差別解消法の施行に際し、私が切に願うことです。 ■先進国で高まる法的リスク 過度に不安を感じる必要はないとお伝えしましたが、正しく備える必要はあります。そのためには、障害者への不適切な対応がどのような事態を招くのかを知るべきでしょう。
そこでまず、2つの事例を紹介します。 ●2019年、世界的なアーティストであるビヨンセさんが所有するマネジメント会社、パークウッド・エンターテインメントが、視覚障害者のファンから提訴された。公式サイト「beyonce.com」の多くのコンテンツが画像で構成され、画像の情報を説明する代替テキストも設定されていなかった。読み上げ機能を使っても、必要な情報にアクセスできないことが争点となった。人権問題への関心が高いことでも知られるアーティストだけに、この出来事は世界中で驚きをもって迎えられた。
●2011年、カリフォルニア州バークレーに本拠を置く非営利の法律事務所DRA(Disability Rights Advocates)は、カリフォルニア州にある2カ所の映画館を提訴した。聴覚障害者のための情報保障手段が不十分だというのがその理由で、座席に小さな画面を付けて字幕を表示するシステムを導入するように求めた。 注目すべきは、どちらのケースも社会的な批判にさらされただけでなく、法律に違反しているということで訴えられている点です。その根拠となるのが、世界初の障害者差別禁止法として1990年にアメリカで成立したADA(障害を持つアメリカ人法)です。この法律によって、アメリカ、そして世界の障害者対応を取り巻く状況は大きく転換しました。