「白い巨塔」を地で行くような困難が待ち受けていた。福島甲状腺検査、「アリバイ作り」のようだった有識者会議【下】
◆海外の専門家から相当批判されている
ーー福島甲状腺検査で甲状腺がんが見つかっている理由として、県立医大は「前倒し診断」(将来発生するがんを早期に診断)などの影響だと言っています。 福島の場合は大半が過剰診断で、ごくごく一部に前倒し診断の可能性がありますが、これまで示した通り、それを早めに手術しても死亡率は変わりません。 福島医大が言うように、30年先のがんを先に見つけたというのであれば、なぜ初回だけでなくその後もがんが見つかっているのでしょうか。まったく科学的ではなく、このような方々が福島甲状腺検査の方針を決めていることを非常に懸念しています。 正直、私も当初から関心があったわけではありません。ただ、周囲の人から「福島で起きている問題はあなたが論文に書いた通りだね」と言われるようになり、2015年頃から意識し始めました。 そして、当時の学会で県立医大の先生らが「我々はこれからも福島県民のために頑張って甲状腺検査を続けていく」と言っていたのを聞いて、「これはまずいな」と思ったのが始まりです。 ーーこの度、髙野先生らの著書「福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか」(2021年)の英語版を出されました。海外ではこの検査を問題視している専門家も多いのでしょうか。 国際ガイドラインの作成などで海外の専門家ともよくやり取りをしていますが、福島の甲状腺検査に対する日本の専門家たちの向き合い方は相当批判されています。 特に、医学倫理を無視した研究の進め方は問題視されています。このままでは日本の医学研究の発展の障害になるのではないかと心配しています。 さらに言うと、過剰診断に対する正しい理解を欠き、福島において健康被害の拡大をむしろ助長させるような動きをしてきた日本甲状腺学会、日本内分泌外科学会、日本乳腺甲状腺超音波医学会の甲状腺関連3学会の責任は重大です。 そして、英語版の本を出版することになった経緯ですが、過剰診断の領域では非常に有名な海外の先生が「これを読む方法はないだろうか」と私に連絡をくれました。 学校検診による過剰診断というのは世界初のケースで、これは医学の歴史に残るものであるため、海外の専門家も当然興味を持っています。しかも日本から全く情報が発信されないため、私に連絡があったのだと思います。 英語版の本の序文は私が書きました。この本の出版を企画した意図を理解してもらうため、その内容を紹介します。 私は福島甲状腺検査が開始されたことによって大きな利益を得た研究者です。そのデータが芽細胞発がん説を証明することになったからです。実際、周囲の人からは「あなたの説が正しいと証明されたね。おめでとう」と言われました。 しかし、「おめでとう」という言葉に心がずきっとして、喜ばしい気持ちにはなれませんでした。私は長年、若年者の甲状腺がんの診察をしています。だからこそ、このデータが多くの子どもや若者の犠牲の上で得られたものだということをよく知っていたからです。 自分が有識者会議の委員になって事態を改善しようと努力しましたが、「白い巨塔」はびくとも動きませんでした。しかし、この英語版の本で海外の専門家に国内の現状を知らせることができれば、外圧によって事態は動くかもしれません。 そして、それが福島の人たちへの多少なりともの罪滅ぼしになるのではないか、と考えています。