「また落ちてしまった…」53歳で司法試験に合格したノンフィクション作家がぶつかった「最初の壁」
仮想ライバルを創造する
電車やバスはもちろん、マンションのエレベーターの中、図書館のエスカレーター、スーパーでのレジ待ちは当然、覚える時間だった。 天気の良い休日は公園作戦である。近所の公園で立ったまま、あるいはストレッチしながら、論証集や参考書を読み込んだ。座りっぱなしだと体がなまり、効率も落ちてしまうのである。 3回目も時間が許す限り、予備校の答練を受けにいった。以前は「休日に早起きするのがしんどい」と気が重かったのに、回数を重ねるうちにだんだん、手書きの2時間勝負に出かけるのが楽になってきた。街に出ると気分転換になるし、まわりも司法試験受験生ばかりだからだ。帰り際に、デパ地下でちょっとしたご褒美においしそうなパンやお弁当を買うルーティンもできた。 例年3月ごろから始まる全国模試は、あちこち4回も受け、本番とあわせると5回も本番と同じ5日間日程で手書き論文を書いた。論点の抽出と時間内に書き切ることを意識して、書いて書いて書きまくる。自宅の壁には、論証だけではなく、自分に檄を飛ばす言葉が増えていった。 私のイマジナリーライバルは、自分とは対照的な立場にいる受験生だった。――実家暮らしの専業受験生で体力のある20代男性。しかも、家が裕福でそれほどバイトも家事もしなくていい人。東大、京大、早稲田、慶応などの大学の法学部を出ていて、これらのロースクールに通っていて、同レベルの仲間がたくさんいて、四六時中自習室で勉強できる人、A君とでもしておこう。 〈ああ、疲れた〉 図書館から帰宅後、のんびりしたい気分になったときには、「A君はまだ自習室で勉強している」とライバルの存在を意識した。
平井 美帆(ノンフィクション作家)