「水」の痕跡があった…! 「大気」が似ていた…! 今も地球からもっとも遠くを飛ぶボイジャーが、地球を沸かせた「衝撃的発見」
タイタンの大気は原始地球の大気に似ている
タイタンは土星系最大の衛星であり、太陽系全体でも木星の衛星ガニメデに次ぐ2番目の大きさです。そして何よりも、太陽系で唯一、濃い大気を持つ衛星であることが注目されました。 地球上からの観測で、タイタンの大気にメタンが含まれていることは知られていましたが、ボイジャーの観測により、大気の主成分が窒素であること、地表の大気圧が約1.5気圧と、地球よりも濃いことがわかったのです(図「ボイジャー1号が撮像したタイタンとその大気」)。 窒素・メタンを含む濃い大気が存在することに、生命の起源研究者はおおいに興味を引きつけられました。原始地球大気の組成については、ミラーらはメタン・アンモニアを主とするものを考えていましたが、そこまで還元的ではなかったというのが定説になり、窒素源としては窒素ガスが主であることに異を唱える人はいなくなっていました。 また、炭素源は諸説ありますが、少量ならばメタンがあった可能性も否定できません。ですので、原始地球大気のモデルは、主成分が窒素、副成分がメタンだったとも考えられるわけです。 そのような組成の大気を持つ太陽系天体としては、海王星の衛星トリトンや冥王星などもありますが、いずれも希薄で、濃い大気を持っているのはタイタンだけなのです。そこで何が起こっているのかを調べれば、原始地球でどのような化学進化が起きたかの大きなヒントになるはずです。
タイタンを包む「有機物のもや」
タイタンでの化学進化のエネルギーも、さまざまなものが考えられます。地球のような雷(火花放電)があるかは不明ですが、太陽からの紫外線、宇宙線、隕石衝突などは地球と同様に考えられます。 このほか、タイタン独自のエネルギーとしては、プラズマ放電が考えられます。土星では、磁気圏にとらえられた電子がリング状になって、土星を取り囲んでいるのですが、タイタンはこの電子の帯の中を公転しているため、タイタンからは、電子が上から降ってくるように見えるのです。この電子の流れはタイタンの上層大気と衝突して、プラズマ放電とよばれる現象を引き起こすのです。 以前の記事**で登場したカール・セーガンは、タイタンの化学でも活躍しました。 セーガンと同じ研究室のヴィシュン・カレー(1933~2013)が、タイタンの上層大気を模した窒素とメタンの希薄な混合大気を流しながらプラズマ放電を行うと、放電容器の中に茶色い物質ができました。この物質を、セーガンはギリシャ語の「泥のような」という意味の言葉をとって「ソーリン」と名づけました。 ソーリンは複雑な有機物からできていること、加水分解(酸を加えて加熱)するとアミノ酸が生じることもわかりました。このことは、タイタンの高層大気にみられる「もや」のようなものが、タイタン大気中で生じた有機物であることを示唆します。 ボイジャー探査の結果、タイタンの表面温度がおよそマイナス180℃であることもわかりました。このことから、もう一つの可能性が浮かんできました。メタンは、この温度では液体として存在します。 ということは、タイタンの表面には液体のメタンの海があるのではないか。そうだとすると、メタンの海の中では、水の代わりにメタンを使うような生物が存在しているのではないか。疑問と期待がふくらんでいきました。 **以前の記事:〈原始地球の大気に「メタンありき」は、思い込みだった…衝撃的だった「ミラーの実験」が残した「1つの功績と2つの罪」〉。詳しくは、『生命と非生命のあいだ』第2章を参照。 生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか
小林 憲正
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