「家族とは絶縁してます」坂本ちゃん『電波少年』東大受験でブレイク後の苦悩と覚悟
ときには2人で“ズル”も
到着したその日から、勉強をスタートしたが、思うようには進まない。 「学生時代から15年以上たっていましたから、引き算もわからなくて。15引く8すら指を使って計算していたぐらい。東大なんて絶対無理だって思っていたんですが、ケイコ先生はずっと“絶対に大丈夫だから”って励ましてくれて。ケイコ先生の言葉って、すごく安心するんです。今も何かあると彼女の言葉が頭に浮かぶんです」 とはいえ、お互い出会ったばかり。このときはまだ、心から信頼していたわけではなかった。 部屋の外に出ることは許されず、毎日行われるテストで80点以上を取れなければ、2人とも食事ナシ。勉強内容もわからず、何も食べ物を口にできない日々が続いた。精神的に追い詰められ、張り詰めた気持ちの糸が切れたときのことだった。 「私はイライラすると無言になって、しゃべらなくなる性格なのですが、当時も勉強で間違えると、ケイコ先生にワーッと言われて無言になっていました。私は、それまでの人生で人と腹を割って話すということをしてこなかったんです。常に両親や友だちの顔色をうかがっていて……」 そのとき、ケイコ先生は坂本ちゃんにこう問いかけた。 「彼女は“どうして黙っちゃうの?”と優しく聞いてくれて、私は人生で初めて自分の意見を言えたんです。ケイコ先生も“企画どおりに一生懸命やっているのに”という思いがある一方で“自分の思いを伝えるだけじゃダメなんだ”と気がついたようでした。そこで、お互いの気持ちを吐き出して一緒に泣きました。そのとき、はじめて素の自分になれたと感じました」 絆を深めた2人は、一致団結して前を向いた。ときには“ズル”をしたことも。 「スタッフさんは、私たちの隣の部屋にいて、ときおり撮っているテープの回収に来るのですが、ケイコ先生は誰が何曜日の何時に来ると記録をつけていて、そのパターンをすべて把握した段階で“外に出よう”と言うんです。幸いなことに、マンションの鍵は開いていましたから、ガムテープで靴を作って2人で近くのコンビニに行きました」 それはちょうど夏の終わりごろだったという。 「ケイコ先生が持っていた小銭で肉まんを買って、中学校の石垣に座って食べました。秋の風が吹いて、すごく気持ちよかったのを覚えています。不思議な夜でした。興奮した私は、部屋に帰ってから“次はいつ外に行く?”と言ったんです。するとケイコ先生の顔がみるみるうちに曇っていって……」 異変を感じた坂本ちゃんが後ろを見ると、鬼の形相をしたスタッフが立っていた。それ以降は監視が厳しくなり、二度と勝手に外出できる機会はなかった。 「スタッフに叱られただけでなく、ケイコ先生にも“坂本ちゃんには、もう何も言えない”と怒られました(笑)」