韓国「非常戒厳」直後の国会で何が起きていたのか―「ルポ」内部に入った記者が見て、感じたこと 尹大統領が信じたものは?議事堂を巡る攻防戦の経過
12月7日、尹氏の弾劾訴追案を巡る投票が国会で行われた。弾劾訴追案の前に別の法案の投票が行われ、これを終えた与党議員らは可決を避けるため、続々と退席した。弾劾が一気呵成に進み、遠くない将来に実施されるだろう次期大統領選で不利になると判断したとみられる。 野党議員らは「戒厳軍が来たとき、私は死ぬかと思ったぞ」「何のために議員をしているんだ」「出たら駄目だ」と大声を上げた。涙ぐむ議員もいた。与党議員の退席で、投票者数が規定に達せず廃案となった。 国会前には、約15万人(警察推計)もの市民が集まり、尹氏の弾劾を訴えた。大学生の李抒炫(イ・ソヒョン)さん(21)は「大統領は戒厳をもうしないと言ったが、信じられない。不安過ぎる」と話した。大学教授の女性(45)は、戒厳令下で軍が市民を虐殺した1980年の光州事件に触れ「戒厳は市民を『殺すぞ』というものだ」と語り、「今日は駄目でも、時間がかかってでも弾劾しないといけない」と力を込めた。 ▽大統領は陰謀論を信じたのか
同じ2024年12月7日、ソウル市内の別の場所では、保守系団体が尹氏への支持を訴える約2万人規模(警察推計)のデモを行った。「尹錫悦を守護せよ」「(共に民主党代表の)李在明を逮捕、死刑にせよ」。怒号が響いた。 尹氏は戒厳宣言時、「北朝鮮の共産主義勢力の脅威から大韓民国を守り、破廉恥な(北朝鮮に従う)従北勢力を撲滅する」と訴えた。「従北」は、共に民主党が北朝鮮との対話や平和的関係構築を重視してきたことから、保守層が同党をやゆするため使っていたフレーズだ。 このデモの参加者の男性(79)は「(1961年にクーデターをして長期独裁を築いた)朴正熙(パク・チョンヒ)は戦車も投入して成功させたが、今回は戒厳が失敗してしまった」と嘆いた。 登壇者は、与党が惨敗した2024年4月の総選挙が不正だったとし、国会解散を訴えた。保守系ユーチューバーらが繰り返してきた主張だ。一般的な保守層は「陰謀論」と一蹴するが、一部の保守層らは信じている。
戒厳が宣言された際、軍は国会だけでなく中央選挙管理委員会も包囲、一部の兵士は建物内に侵入し職員の携帯電話を押収した。戒厳を主導し、10日に逮捕された金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相は韓国SBSテレビに「不正選挙疑惑を捜査するかどうかを判断するため」だったと述べた。不正選挙論に尹氏らが共感した可能性が高いとみられている。