サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
「ユリコは自分の中に多くの問いを立て、それに対する解を…」
――かしこまって尋ねるのは恥ずかしいけど、私はどう変わったでしょう? S:僕がともにした3年間で大きく変化しました。それは以前は未熟な指導者だったけど、成長したという意味じゃないよ。自分に足りなかった部分を補足することで、異なるやり方を身に付けていった。その過程でセンシビリティ(感度)が高くなったと感じます。 ――私は決して高圧的な監督ではなかったけれど、選手とのかかわり方などコミュニケーション能力が乏しかったと感じています。 S:うん、うん、そうだったかもしれない(笑)。指導者というのは、ひとつの道だよね。そのとき、どの地点を歩んでいたとしても「悪い指導者」は存在しないと自分は思っている。あくまで、その人の「現在地」に過ぎない。もちろん、暴力や明らかなパワハラは論外だけど。あの3年間、ユリコは自分の中に多くの問いを立て、それに対する解を模索した。より多様な視点を身につけ、異なるアプローチを試みることで、明らかに質が上がったと思う。 ――最初はどんな印象でした? S:今まで言ったことがないね。お伝えします。みんなどう感じたかわからないけれど、君たち指導者と会った初日に僕は感動していた。なぜなら、男子部と女子部が同じ場にいて、指導のメソドロジー(方法論)とかフットボールの話をするのは初めてだった。フットボール界において、まずありえない男女平等機会の創出だった。 ――まさしくそうでした。私は女子部の責任者とトップチーム監督を兼任していました。 S:そう。圧倒的な男性社会の中に君はいた。まずヒューマン・クオリティ。人としての質が高いと感じた。それから興味関心が高く、僕らの話を聞こうとする姿勢。それらがポテンシャルとして伝わってきた。対話すればその人の現在地や、何に意識が向いているのかがつかみ取れる。ユリコには大きな可能性がある。改革のキーマンだと確信した。スポーツ心理士でプロジェクトチーフを担ってくれたエドゥさんと話したのを憶えているよ。 「ユリコはこれまで見てこなかった世界観をのぞき見た瞬間、大きく変容する指導者になる可能性を秘めている。ポテンシャルを開花させるためにも最大のサポートをしていこう」と。 ――そうだったんだね。ありがとう。私の人生で本当に重要な3年間だった。セルヒオはあの後レバンテのトップチームでコーチングスタッフを、アスレティック・ビルバオでアカデミーダイレクターを任されています。ビジャレアルでの3年間はあなたにとっても大きかったのでは? S:その通りです。自分にとって唯一無二の経験になった。選手としても長年お世話になったし、会長を始め経営者たちの思想はよく理解している。だから、クラブとして英断ともいえる指導改革に参画できたことは大きな誇りです。しかもその事実をユリコが日本に伝えてくれたように、貴重なフィードバックをくれる仲間たちがたくさんいる。僕にとっては奇跡です。 ――ところで、今の日本のフットボールをどう思っていますか? S:国として組織的に成長していることは間違いない。近年最も競技力が向上している国のひとつであると思う。W杯でスペインにも勝ったしね。でも、まだ伸びしろはいっぱいあると感じている。そして、そこにユリコは貢献できると思う。ただし伸びしろの話をし始めたらスペインも同じだけどね(笑)。 ※次回連載記事は9月20日(金)に公開予定 (本記事は竹書房刊の書籍『本音で向き合う。自分を疑って進む』から一部転載) <了>