サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
学び壊し、学び直し「普段の会話からして大きく変わった」
――学び壊し(unlearn/アンラーン)、学び直し(relearn/リラーン)ですね。セルヒオにとって、ひとつの壮大な実験でもあったわけですね? S:おっしゃる通りです。チームや指導者たちのさらなる可能性へのチャレンジ。その可能性を自分たちで見い出して欲しかった。当時すでにビジャレアルでは世界トップレベルの育成組織が整備されていました。それでもまだ私たち指導者は、勝ち負けにとらわれていました。その「とらわれた状態」に、指導者がどこに意識を向けていたのかが見て取れます。そこを変えたかった。なぜならば同じ勝利という成果を生むのに、今までよりもっと豊かなやり方がある。選手に勝利だけでなく人として成長をもたらす異なるやり方もあると気づいてほしかった。そのプロセスとして、フットボール、チーム、選手、育成などすべての概念を一つひとつみんなで細かく考察しました。それによって新たな視座が生まれました。 ――学び壊しは、例えばどの部分? S:まず指導者が立っている舞台というものが揺るがされる。そういう事象が起こりました。みんな撮影された自分の姿を見て混乱していた。ユリコもね(笑)。そういう目視で測れるものがあったと思う。もうひとつ、指導者一人ひとりの現在地は、その人の言葉や言葉を介さないコミュニケーションからはかり知ることができます。勝利にとらわれている人は、勝つことばかりに執着したコンテクスト(分脈)で選手にメッセージを送っていた。主語は誰? 意識(フォーカス)の焦点はどこにあたってる? とみんなで何度も立ち返る作業を行った。 ――どんな成果を感じますか? S:スペイン語で言うとレスルタディスタ(resultadista)。つまり成果優先主義と、成果に繋げる過程をヒューマナイズする(人間味あふれるものにする)2つの指導法があると考えました。要は成果を出せばそれだけで良いのか、それとも選手を起点にして成果までの道のり、つまり「過程」にアプローチするのか。それまでビジャレアルでもレスルタディスタ的指導者が多くみられましたが、人を中心に物事を考える方向に変換できた。それが大きかった。そうすることで、指導者たちがより安心して、肩の力を抜き、本当に大切なことに集中して取り組める環境が生まれました。それが自分の中では一番の満足です。 ――しかも、指導者が主体的に変容した。成果を生むまでのプロセスが良かったですね。 S:指導者の変容は「自分のものになる」ということで初めて完成と言えます。他人から聞いて「ああ、わかった。いい話を聞いた」で終わっていてはダメ。強制的に押し付けられているものでは根付かないし、本物ではない。 ――具体的にはどんな姿を見ましたか? S:ラ・リーガのグラナダで(2023年9月現在)監督をしているパコ・ロペス監督はビジャレアルで当時U―23の監督でした。2部リーグのレバンテのハビ・カジェハ監督は当時U―21監督。そしてユリコはレディーストップチームの監督だった。ビジャレアルのトップ5(※)の監督の中でこの3人はよく話をしていましたが、普段の会話からして大きく変わった。個々の選手がどうだとか、チームのここがまだ弱いといった評価から、自分たちの指導や扱う言葉に目が向くようになった。それは彼らの意識の方向(フォーカス)が変わったからです。選手やフットボールそのものに対する見方が変わり、監督の役割についての概念も変わった。数え切れないほど多くの変化を感じました。思考が具現化し始めた瞬間です。 (※)ビジャレアルCF、40チームのトップ5チームのこと。トップチーム・U―23・U―21・U―19・レディース。