イタリア・ドロミテの夏の風物詩
今年は本当に雨が多い。普段歩いているハイキングコースでも知らないところに小さな川ができていたりする。大地に水がしっかり含まれていることは有り難いが、やはり毎日曇天だと気も滅入ってしまう。州の天気予報も「来週からは夏の気候に・・・」を何度繰り返したことだろうか。いつの間にか「天気予報」ではなく「天気希望」になっていた。 しかし季節は進むもの。気がつけば太陽の光は強くなり晴れの時間が徐々に増え、夏の匂いがし始めた。気温も25度を上回る日も出てきた。 長雨のおかげでスローペースだった果物たちが一斉に収穫時期を迎えた。冬には販売できる作物がなくて閉店してしまう自然農園の店頭に今の時期だけしか食べることが出来ない野菜や果物が所狭しと並べられる。 「この時期だけなので!」 「ご入用の方はご連絡ください!」 とお店のアナウンスが多くなってくると夏が始まったなぁと感じる。 野菜や果物たるもの収穫時期は決まっていて、農園の方は早朝から収穫作業に追われる日々である。当然人間のペースに合わせて食べごろになってくれるわけではないので一時期に大量に同じ野菜果物が波が押し寄せるようにできるのに合わせて収穫に専念しないければならない。非常に大変な作業である。 そんな理由から南チロルの人たちは本当によく「保存食」を作る。今でこそ交通の便は随分と良くなったものの山岳地帯であるここは昔は人との交流もなかなか難しかった。南チロルで話されているドイツ語の方言にはまだ中世ドイツ語の発音が残っていたり、村によって訛りがあったりすることがそれを表している。この厳しい土地での暮らし、特に雪深い冬の時期は作物がほとんど出来ない・・・そんな生活環境から生まれた夏の食べ物が豊かに時期に保存食を作って寒い時期に備える知恵。 村で友人と話していると 「私の持っているのアプリコットの木の収穫に週末行かなければいけないの。ものすごい量が一度にできるでしょ? 家族総出で実を採るのよ。それから生で食べるのも限界があるから保存食にしたりしてね・・・今週末はアプリコットのための時間よ。」 と側から聞いていると美味しい果物の木を持っていて旬の果物が食べられるなんて羨ましいのだが、当人からすると中々手間のかかる大変な作業のようだ。 果物だとマーマレードやジャム、そしてシロップなどがよく作られる。野菜だと酢漬けにしたり、オリーブオイル漬けにされる。旬の時期に収穫して作られたものなので非常に美味しく、こちらではちょっとしたお礼としてプレゼントされることもしばしばだ。 一度に大量にできる野菜果物の保存食を作るためにスーパーには「保存食作成コーナー」が設置される。保存用の瓶をはじめ、この時期入手困難になるぐらい売り切れ続出になる「クエン酸」がありったけ並べられる。南チロルの夏の風物詩と言っても過言ではないだろう。 日本ではあまり馴染みのあるのではないが、南チロルの夏はご婦人たちの「クエン酸争奪戦」が激しく繰り広げられる。レジで並んでいると、それこそ1ダースどころか数箱のクエン酸をカートに詰め込んで購入する人も少なくない。短い夏の間に収穫された大量の野菜果物を毎日せっせと保存食にするために手を動かすのだ。 そして風も冷えてきた頃に 「ねえ? トマトの瓶詰め必要だったら分けるわよ。」 と声をかけてくれるのだ。いつもいただく瓶詰めがどんなものでも絶品なのはこの偉大なドロミテの自然から生まれた作物の持つ力と、その一つ一つを大切にするここ南チロル人の心だと思う。
美波ラーナ