「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫④ 出生の秘密を知る者との、思いがけない「出会い」
この老女房は遠慮もなくしゃしゃり出て、「まあ、畏れ多いこと。失礼なお席の設けようではありませんか。御簾の内にお入れすべきですよ。若い人たちはものごとの程合いも知らないのですからね」とずけずけ言う声が年寄りじみているのも、姫君たちは決まり悪く思っている。 「まったくどうしたものか、ここにお暮らしの宮さまは世間の人の数にも入らないような有様で、お訪ねくださってしかるべき人たちですら、思い出して訪問してくださるでもなし、だんだん音沙汰もなくなる一方のようですのに、あなたさまのまたとないご親切のほどは、私のようなつまらない者でも、なんと申していいかわからないほどありがたく存じます。若い姫君たちもそのことはよくわかっていらっしゃいながらも、申し上げにくいのでしょうかね」と、まったく遠慮することなくもの馴れた口をきくのも、小憎らしい感じがしないでもないが、その物腰はひとかどの者らしく、たしなみのある声なので、
「まったく寄る辺ない気持ちでいましたが、あなたのような方がいてくださってうれしいです。何ごともよくわかってくださっているようで頼もしいことこの上ない」と言って中将はものに寄りかかっている。それを几帳(きちょう)の端から女房たちが見ると、曙(あけぼの)の、ようやくものの見分けがついてくるなかで、いかにも人目を忍んでいるとおぼしき狩衣(かりぎぬ)姿がひどく濡れて湿っている。そのあたりになんともこの世のものとは思えぬ匂いが、不思議なほど満ちている。
■弁が語り始めた母の遺言 この老女房は泣き出した。 「差し出がましい者とのお咎めもあろうかと我慢しておりましたが、悲しい昔の物語をどのようなついでに打ち明けようか、その一端でもそれとなくお知らせできようかと、長年、念仏誦経(ずきょう)の折にも合わせてお願いしてきた験(しるし)なのでしょうか……。今夜はうれしい機会ですのに、早くもあふれる涙にくれてとても申し上げられそうにありません」と身を震わせている様子は、真実悲しそうである。おおかた年老いた人は涙もろいものだとは見聞きしていたけれど、こんなに深く悲しんでいるのも妙だと思い、中将は、