「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫④ 出生の秘密を知る者との、思いがけない「出会い」
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。 NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。 この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 6 』から第45帖「橋姫(はしひめ)」を全7回でお送りする。 【図解】複雑に入り組む「橋姫」の人物系図
光源氏の死後を描いた、源氏物語の最終パート「宇治十帖」の冒頭である「橋姫」。自身の出生に疑問を抱く薫(かおる)は、宇治の人々と交流する中でその秘密に迫っていき……。 「橋姫」を最初から読む:妻亡き後に2人の娘、世を捨てきれない親王の心境 ※「著者フォロー」をすると、連載の新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます。 ■しみじみと心動かされる 「私の勘違いだったかもしれないけれど、撥は月にも縁がないわけではないもの。ここを隠月(いんげつ)と言うでしょう」と、琵琶の、撥をおさめるところを指して、くつろいで言い合っている二人は、まるで今まで想像していたのとは違い、じつに親しみやすそうで魅力的である。昔の物語などで語り継がれていて、若い女房たちが読んでいるものを聞くと、かならずこんな山里に思いがけない姫君がいて……、などと言っているけれど、まさかそんなことがあるはずないと腹立たしくも思えるのだが、なるほどこうも心惹かれることが隠れたところにはある世の中なのか、と姫君たちに思いが移りそうである。霧が深いので、姫君たちの姿ははっきりとは見えそうもない。また月がさし出(い)でてくれないものかと思っていると、奥のほうから女房が「どなたかお越しです」と知らせたのか、簾を下ろしてみな奥へ入ってしまった。それでも慌てた様子はなく、穏やかな物腰でそっと身を隠す二人の様子は、衣擦(きぬず)れの音もせず、じつにやわらかでいたわしくもあり、さらにたいそう気高く優美なので、中将はしみじみと心動かされる。