カショギ氏事件にみる中東覇権の行方 米ロ対立の“演出”も
●事件を利用するトルコ
サウジアラビアの説明がいかに説得力に乏しいものだったとしても、なぜトルコはそれほどまで執拗にサウジ政府を追い詰めたのでしょうか。「国境なき記者団」によると世界全体で拘留されているジャーナリストは167人に上り、このうちトルコでは27人と世界最多です。つまり、トルコ政府が言論の自由を尊重しているとはいえません。 カショギ事件は、トルコとサウジの浅からぬ因縁を表面化させたといえます。もともとトルコとサウジはイスラム圏、とりわけスンニ派の大国同士として、表立って衝突することは稀でも、ライバル関係にあります。トルコが近代化とイスラムを融合させてきたのに対して、サウジアラビアが伝統的な王族支配とイスラムを両立させるなど、国家モデルも対照的で、どちらがスンニ派の多くの国を引きつけるかというレースも最近では激化しています。
そのため、より直接的に対立することも珍しくなくなってきました。例えば、トルコは、分離独立を要求してきたクルド人勢力がシリア内戦の中で台頭することを恐れ、アサド政権の存続を前提に、2016年12月からロシア、イランとともにシリア内戦の和平調停に乗り出しています。これに対して、原油輸出と安全保障面でアメリカと協力するサウジアラビアは、冷戦時代からシリアと対立してきました。アメリカとの関係強化を目指すムハンマド皇太子が即位した後は、両国の関係はとりわけ緊密で、シリア内戦でもトルコとは足並みが揃いません。 また、トルコはイランだけではなく、「ヒズボラ」や「ムスリム同胞団」といったイスラム団体など、サウジアラビアが敵視する勢力にも協力しています。これらの勢力と結びつくカタールに対して、サウジアラビアが2017年6月に断交し、経済封鎖を敷いた後も、トルコはカタールに部隊を駐留させ続け、サウジと軍事的に対立する状況も生まれてきました。 こうしてみたとき、トルコはサウジアラビアを追い詰める手段として、カショギ事件を利用してきたのです。