佐藤二朗さんが語る、稲垣吾郎さん、河合優実さんのすばらしさ(インタビュー/前編)
名バイプレイヤーとして八面六臂の活躍を続ける佐藤二朗さんが、話題の映画『あんのこと』に出演している。演じるのは刑事。売春の常習犯でドラッグに溺れる少女を更正させようとする、熱い男だ。実話をもとにしたこの作品は、思いがけない展開で観る者をぐいぐいと惹きつける。俳優だけでなく、脚本や監督も手がけるマルチプレイヤーの彼が、表もあれば裏もある重層的な人物を演じきった。
吾郎ちゃんも優実ちゃんもすごい俳優だ
彼が演じると、何を演じてもその役がくっきりと心に残る。6月7日公開の映画『あんのこと』では、ヒロインの女性を更生させようとする刑事を演じた。 「現実に起こったことなんでね。それがすべて、というか」 杏(あん)という名のその女性に、父親はいない。母親のDV、貧困、小4で不登校となり、難しい漢字は読めない。売春、そしてドラッグ。 佐藤二朗さんが演じたのは、そんな彼女を更正させようとするベテラン刑事・多々羅(たたら)。そして取材と称して週刊誌記者・桐野が、ふたりに近づいてくる。 「僕が演じた多々羅は、人情家の刑事に見えますよね。口が悪くて粗暴だけど、叩き上げで情に厚い。本気で、必死に杏を救おうとしている。でもその本気さとはまた別に、人間というのは厄介なもので。 “神経質な人”でもどこかいい加減だったり、“冷たい人”でも温かい側面があったり。ちょっと矛盾があっても、それが人間だと思うので、人をカテゴライズすることに僕はあまり興味がないというか。 まあだから、魅力的な役だと思いました。俳優としてね」 多々羅が主宰する薬物更生者の自助グループに参加し、就職先を見つけ、新しい生活を見つけようともがく、杏。さまざまな困難も乗り越えようとする矢先、コロナ禍のパンデミックが杏の日常を壊す。さらに思いがけない展開が待っていて・・。
「桐野を演じた稲垣吾郎さんとは、『ブスの瞳に恋してる』とか『Mの悲劇』っていうドラマで共演していますけど、こういうからみ方をしたのはこの映画が初めてで、もちろん楽しかった。 吾郎ちゃんが演じている週刊誌記者は、時に傍観者にならざるをえない立場だし、難しい役ですよね。でもその心が揺れ動いている感じをさらっと演じているのが印象的で、やっぱりいい俳優だなと思いました。 これ見よがしに演じるのではなくて、顔は冷静なんだけど、心は乱れているというのがちゃんと伝わってきて。すごい俳優ですよ」 杏を演じたのは、ドラマ『不適切にもほどがある!』で主人公の娘・小川純子役が絶賛された河合優実さん。主演映画『ナミビアの砂漠』がカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞するという、今注目の若手実力派俳優だ。 「本作でも彼女はすばらしいですね! 僕が10年くらいかけて気づいたことを、彼女はもう知っている。たいした俳優さんだと思います。役の捉え方というか、本当のことをこぼさない。本当の人っぽく、本当にいる人に見えるということです。 こういう映画のとき、絶対に俳優は客に届けたいわけです。実際に4年前に起きたことだから、本当にこういう人がいるんだって。 僕も吾郎ちゃんももちろんそのつもりで演じたけど、彼女の役はすごいしんどい役ですから。あの年でそれができるなんて! そういう子にしか見えなかったからね。すごいと思います」 河合優実さんも稲垣吾郎さんも、もちろん佐藤二朗さんも、与えられた役を生きている。この3人が演じたからこそ、この映画の核心は、観客の心に届くはず。 「キャリアを重ねると、俳優の垢っていうのかな、その人自体の存在感が作品を邪魔してしまうことがある。顔を知られているから『ああ、あの人が今度は刑事なのね、今度は医者なのね』なんて観ちゃうじゃないですか。 もちろん顔を知っていただいているのはありがたいことですし、『僕の顔を、忘れてください』というのも無理な話(笑)。でも作品に没頭してほしい。 だからどうするかっていうと、その垢を意識的にせよ無意識にせよ、こそげ落とす。それを排することができないと、作品から本当のことはこぼれていくんです。 で、優実ちゃんも吾郎ちゃんも、それがちゃんとできている。本当のことをこぼさないんですよ。あれ? 我ながら今、いいこと言ったな(笑)」 もちろん二朗さんも、こぼさない。 本格的に演劇活動を開始してから、そろそろ30年。まったく売れない“暗黒の20代”を過ごし、30代から徐々に存在感を増して、40代からは演技力のある個性派俳優と呼ばれるように。 さらに、俳優として活躍するだけでなく、戯曲を書き、シナリオを書き、映画監督としても才能を発揮している。 「今はもう、結婚して子どもができて、『げげ、こんな俺にも家族ができたんだ』と夢のように感じてますが。 でも良い家に住みたいとか良い服を着たいとか、そういうことが目的で芝居を始めたわけではないので。やっぱりその、『お芝居のもっと奥に行きたい』というようなことを、今思っています。まだまだ奥に行けそうな気がするから」