久坂部羊「外務省医務官、終末期医療の医師を経て48歳で作家デビュー。上手に老いるコツは、知性を持って現状を受け入れること」
医師として終末期医療や在宅医療に携わりながら、2003年に48歳で作家デビュー。日本医療小説大賞を受賞した『悪医』や、『老父よ、帰れ』など、医師としての経験を生かした作品を数多く発表してきた久坂部羊さん。医師として「老い」を見つめてきた経験を元に、今回の『人はどう悩むのか』では、老いという悩みを掘り下げてみたと語ります――。(構成:菊池亜希子 撮影:森清) 【書影】『人はどう悩むのか』(著:久坂部羊/講談社現代新書) * * * * * * * ◆悩みは、人間が作り出すもの 思い通りにならないことを思い通りにしようとする気持ちが「悩み」です。年代によって悩みの種類は違いますが、本質は同じ。たとえ同じ状況でも、悲痛なまでに苦しむ人もいれば、「こんなもんよ」と受け流す人もいる。つまり悩みは、人間が作り出すものなのです。 長年、医師として高齢者医療に携わりながら「老い」を見つめてきました。老いが訪れたとき人は何を悩み、望むのか。上手に老いる人とそうでない人の違いは何なのか。 そうした経験をもとに『人はどう死ぬのか』『人はどう老いるのか』を書き、3作目の本作では、老いという悩みを掘り下げてみました。 死も老いも、すべての人に訪れます。巷には「人生百年」「いつまでも元気に若々しく」といった耳当たりのよい言葉が溢れていますが、どんなに頑張っても体力や容貌はいずれ衰える。 若さに執着すると後々苦しみを深めることに気づいて、老いと敵対しない生き方を早めに選択するのも、知性ではないでしょうか。
◆外務省の医務官となり 私は高校時代に「小説家になりたい」と思い立ちました。わが家は医者の家系で、私も幼少期から医者になるつもりだったので悩みましたが、父に「作家もいいが、すぐに飯は食えないだろうから、まずは医者になったらどうか」と助言され、医学部へ進んだのです。外科と麻酔科で研修後、がんの終末期医療に関わりました。 当時は患者本人にがん告知をしない時代。苦しい治療の末に命が失われていく現場に疲弊し、数年後には私自身がノイローゼ状態になりました。そんなとき偶然「外務省の医務官募集」を知り、逃げるように応募したのです。 サウジアラビア、オーストリア、パプアニューギニアで合計9年間を過ごし、42歳で帰国した私は、小説を書く時間を確保したい思いもあって、デイサービス併設のクリニックに勤め始めました。 そこから6年、作品を書き続け、48歳でようやく作家デビュー。一方で、日々たくさんの高齢者に接し、老いるとはどういうことかを知りました。 腰が痛い、足が痛いと次々出てくる体の不調に悩み、「こんな体になるとは思わなかった」と嘆く人は多かったですが、不自由があっても「年とったらこんなもんですわ」と笑顔で過ごす人も少なからずいました。 彼らは、老いとともに心身に起こることを前もって認識できていて、いざ自らに起きても、慌てず受け入れていたのです。 私の父もそんな一人でした。歩きづらくなってきたとき、「順調に年をとっているな」と笑い、「飛行機はいつまでも高く飛んでいたら墜落するしかない。徐々に高度を下げるからソフトランディングできるんだよ」と言いました。 一方、母はプライドが高く、最期までオムツを嫌がって。尿漏れパッドで凌いでみても「もったいない」と、少しの汚れでは替えない。漏れたにおいを指摘され、さらにプライドが傷ついて落ち込むこともあったようです。杖も嫌がって、「杖を使うくらいなら家でじっとしていたい」とも言っていました。
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