「年収103万円の壁」は30年前の遺物…エコノミストが指摘する「壁の撤廃で期待できるプラスの経済効果」
■なぜ社会保険への加入を避けるのか それにしてもなぜ、これほどまでに年金や健康保険などの社会保険への加入が躊躇(ちゅうちょ)されるのでしょう。 その理由は、「最終的に元が取れないのではないか」という不安があるからではないでしょうか。年金は実のところ、「保険」です。ですので、「元が取れる」とは実際、言いきれません。 基本的に、保険という仕組みは期待リターン(期待できる収益率)がマイナスです。つまり、支払った金額の100%が戻ってくる確率は低いわけです。その「戻ってこない割合」が、20%なのか、10%なのか、はたまた5%なのかと、年金制度がどんどん“改悪”されると予想する人が多いため、社会保険料の支払いを避けたいと思う人が増えてしまうわけです。 以前、ある大手企業の労働組合と地元議員が集まる場で講演をしたときのことです。その際、市議会議員の方からこんな質問を受けました。 「106万円の壁が撤廃されることを批判する人がいますが、全員が社会保険に加入できるのはむしろ喜ばしいことではありませんか? 批判する理由が私には理解できません」 ■働きやすい税制改革の実現を この質問に対して、私はこう答えました。 「今の日本は少子高齢化が進んでおり、保険料を支払っても『元が取れない』どころか、『ほとんど返ってこないのではないか』と思う人が多いのではないでしょうか。そのため、『保険料を支払うよりも、手取りを増やして自分で投資をしたい』『自分の消費に今の時点で使いたい』と考える人が増えるのは自然ななりゆきではないでしょうか」 この回答に対して、労働者の方々は一様に頷いていましたが、市議会議員の方は納得がいかないという表情をしていました。立場が違えば、考え方もこれほど異なるのかと実感した出来事です。 話を元に戻しましょう。先ほど述べたように、103万円の壁の上限引き上げには大きな意義があります。そして、プチ農業を始めた私にとっても、その必要性は強く感じられています。同時に、106万円の壁や130万円の壁といった課題にも目を向けつつ、物価上昇とともに壁を引き上げながら、雇用者だけでなく企業への社会保険負担についても考察する必要があるでしょう。 まだまだ解決すべき課題は山積みですが、私たちが安心して生きられる、そして本当に働きやすい税制改革が実現することを切に願っています。 ---------- 崔 真淑(さい・ますみ) エコノミスト 2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。 ----------
エコノミスト 崔 真淑 構成=池田純子