自衛隊のノンキャリアの父親の元で育ち、小沢一郎を「天童よしみ」と形容…立民・野田佳彦は石破自民党を破れるか
自民党総裁選挙と重なる日程で開催された野党第一党、立憲民主党の代表選挙は9月23日に投開票され、野田佳彦元総理が当選者となった。 【画像】「このままではマズいですね」と石破茂が真っ青に…自民党の「極秘調査」中身 2017年の希望の党騒動のさなか、解散総選挙の直前に立憲民主党を立ち上げた党の理念的支柱である枝野幸男氏、21年から難しい場面での党の舵取りをになってきた現職の泉健太氏、そして自民党大物候補を下し、当選1回にして並いる大物議員と論戦をかわした吉田晴美氏の3名と比較すると、野田氏は首相経験や衆議院9期といった実績に裏打ちされた知名度や安定感といったパラメーターは高いものの、その分自民党総裁選挙でもキーワードとなった「刷新感」という部分では残念ながら及ばない。 総理時代の野田氏のことを思い起こしてみても、政権を自公に明け渡してしまう結果となった12年の総選挙の敗北のイメージが先行してしまう。 自民党のパーティー券裏金問題に端を発した自民党政治の不信感が高まる中、野党第一党が野田佳彦という人物を代表に選択した意味はどこにあるのか、あるいは2012年の野田佳彦総理と、現在の野田代表、何が変わって何が変わっていないのかをチェックしながら今後の見通しを考えてみたい。
自衛隊のノンキャリの父親の元で育ち…
野田氏は政権交代前夜の2012年6月に単著『民主の敵ー政権交代に大義ありー』(新潮新書)を上梓している。その中で自身の生い立ちを語っている。満蒙開拓青少年義勇軍に志願し九州まで移動したところで終戦を迎え、戦後は警察予備隊一期生を経て自衛隊のノンキャリアとして総務関係の仕事などに従事した父親の元で育った。プロレス好きの父の影響で早くから家にテレビがあり、幼い頃に見た浅沼稲次郎社会党委員長が刺殺された映像で政治を意識し、早稲田大学の学生時代に新自由クラブのボランティアをしていて、自民党に変わる新しい政治の動きに触れるも、結果的に自民党に合流してしまったことに絶望したことが自身の〈非自民〉の原点があると語る。 松下政経塾の一期生を経て、千葉県議会議員選挙に立候補。後ろ盾のない無所属候補であったものの、重鎮国会議員となった現在まで続けている駅前での朝の街頭演説を平日欠かさず行うことで地域での知名度をあげて当選。93年には日本新党公認で国政進出。以降、新進党、民主党、民進党、立憲民主党と党は変われど一度も離党せずに保守のスタンスでありながら〈非自民〉を貫いてきた。 田中角栄元総理による金権政治や集金・集票システムは「当時の正解」ではあったかもしれないが、「現在の正解」ではなく、今の自民党ではそれを修正することはできないと野田氏は言う。権力の腐敗を防ぐため、政権交代可能な緊張感のある政治状況を作り上げることが彼の最大の目標はキャリアの初期から現在に至るまで一貫している。