「皮肉を込めた和歌や贈り物」。平安時代の宮中での「ぞっとするいじめ」裏側にある女房たちの対立
紫式部はこの童女御覧についても日記に記し、天皇と対面する童女の思いに寄り添っています。「童女たちの気持ちは平静ではないだろう。どんなにドキドキしているであろう」と。 童女たちが並んで入ってくるのを見た紫式部は、もうそれだけで胸がいっぱいになり、見ているのがつらくなってしまったようでした。 そして舞姫の時と同じような気持ち(このように明るい昼に、顔を隠す扇を持たず、多くの見物人の前にさらされる童女たち。どれほど怖気づいているだろう)を抱くのです。紫式部にとって人から見られることは、恐怖にも似た羞恥心があるようですね。
一方で童女の心中を思いやりながらも、「藤宰相の童女は、小憎らしいくらいすてきだ」とか「丹波守の童女は、顔かたちもそう整っていない」「宰相中将の童女は背が高くて髪がきれいだ」と、紫式部はそれぞれの童女をじっくり観察していました。 人に見られる立場の童女に無性に心が痛むと書きつつも、紫式部も童女を観察して、ここが良い・悪いと記しています。 しかし紫式部自身もその矛盾に気が付いたようで、「あれこれ批評しているけれど、私たちが『あの子たちのように人前に出よ』と言われたら、緊張して足が地につかないだろう」と感じていました。
そして自身の女房生活を振り返り「我ながら、こうも人前に出ることになろうとは、かつては思っていただろうか」としみじみします。 紫式部の想像はさらに膨らみます。「びっくりするくらい変わってしまうのが、人の心だろう。きっとこれから私も女房生活に染まりに染まり、人々に顔をさらしても平気になるに違いない」と「妄想」を展開しています。 こうして童女についていろいろと考えすぎてしまい、せっかくの華麗な儀式も紫式部の目にはしっかりと入らなかったようですね。
■左京の君に対する「いじめ」が起きる さて、そんななかで「左京の君事件」が起こります。事件と書くと仰々しく聞こえますが、政変といった類のものではありません。 左京の君は、弘徽殿女御(内大臣・藤原公季の娘)の女房。彼女に対し、中宮彰子の女房たちが匿名で嘲笑の意味を込めて、和歌や贈り物をしたという事件です。 左京の君はすでに宮仕えを辞めていたのですが、今回は藤原実成(弘徽殿女御の弟)が奉った舞姫の介添え役として内裏に参上していました。