フェラーリ308GTBのデザインに秘められた挑戦と失敗
ライバル「911」に勝つ秘策
フェラーリ308GTBがデビューした時、ライバルと目されていたのはポルシェ911だ。ポルシェはすでに1960年代の半ばには生産台数を1万台の大台に乗せていた。MGの様な安価なスポーツカーを別とすれば、前例の無い生産規模だ。高額で大量に売れる911は今に至るまで世界中のスポーツカービジネスの目標であり、倒すべきチャンピオンであり続けている。 308GTBの先代にあたるディーノ246gtの時代から強敵911と戦ってきたフェラーリは、911の強さを思い知っていたはずだ。そのポルシェに勝つために308GTBが取るべき戦術はスポーツカーの基本通り、スタイルと走りの両面で優位を取ることだ。 その両面を一気に解決すべく、フェラーリはFRP外皮の採用を打ち出した。後述する理由により、308GTBはデビューの2年後FRPを止めて鋼板製のボディに切り替えるが、その際重量は175キログラムも増えている。FRPを鋼板に切り替えて175キログラム重量が増加したということは、FRPの採用によって175キログラムも軽くできたということでもある。 野球のバットは天地逆さまに握っても総重量は全く変わらないのに振れば軽い。重心が手元にあるからだ。正しく握り直して重心が先端に移動すると慣性が大きくなって振るのも止めるのも力がいる。FRPによる175キログラム軽量化は決してわずかなものではないが、ましてやそれがボディパネルとなれば、文字通りボディの最外部に載る重さだ。手元ではなく先端を軽量化できるのだから運動体の軽量化として極めて理想的だ。ボディパネルの軽量化はスポーツカーの運動性を大きく向上させるのだ。鋼板をFRPに置き換えることは911打倒の秘策と言っても良い。だからフェラーリは308GTBのボディを軽量なFRPで仕立てたのだ。
FRPだからこそ生まれたデザイン
ではデザインはFRPにすることでどう変わるのだろうか? 前述したように、曲がり率が複雑に変わったり、急角度で折れるラインは鋼板プレスでは実現が難しい。しかしFRP(ファイバー・レインフォースド・プラスチック)はその名の通り繊維で補強されたプラスチックだ。型に押し込めばおおよそどんな形状でも再現できる。 生産技術の制約が大幅に緩和されたことを奇貨として、ピニンファリーナはこの自由度を最大限に有効活用した。鋼板ではできなかったことを存分に盛り込んだのである。308GTBの複雑な曲面変化と縦横に走る鋭いエッジはそれまでになかったモダンで美しいスポーツカーとして結実した。それはFRPという新素材があってこそのデザインだったのだ。こうして308GTBは1975年にデビューする。 しかし、想定外のことが起きる。自慢のFRPボディが生産の足かせとなったのだ。当初フェラーリは、鋼板をプレスするよりもプラスチックを型に流し込んで固めるFRPの方が量産しやすいと踏んでいた。FRPによって高性能と新しいデザインを打ちだすだけでなく、手間もコストも削減できる一石三鳥のつもりでいたのだ。ところがFRPは、固まる際に変形する。型と寸分違う製品はそう簡単に出来上がらないのだ。 形状のねじれや歪み、表面の荒れ、接合部の狂いなどが頻発する。ひとつひとつ異なる変形を手作業で修正するのは、鋼板ボディより楽どころか何倍もの手間がかかった。生産性が悪ければコスト跳ね上がる。堪りかねたフェラーリはついに断腸の思いでFRPボディを諦め、鋼板ボディに切り替えることにした。 ここで問題となるのはプレスラインだ。いまさらボディデザインの大幅な手直しはコスト的に出来ない。そこで鋼板を可能なところまでプレス成型し、それで出せないシャープなエッジは、手作業でハンダを盛り上げて削り出すという途方もない手間をかけることになった。それでもFRPよりマシだというのだから、いかにFRPの修正が手間だったのか想像できる。 「鯛焼きの様にポンポンできる」とまで思っていたかどうかは解らないが、少なくとも相当軽く見積もられていたFRPボディの製作コストはこうして予想よりはるかに高くつくものになったのだ。