発達障害、不登校から高校合格、成績上位で大学進学。「逆転」を実現させた母の言葉
中学で「勉強できへん」と不登校に
今度は行事のあるなしにかかわらず、ちょこちょこと学校を休むようになった。原因として母が思い当たったのは「自分は勉強ができへんっていうことがわかってきたから」。漢字の宿題になると「力が上手いこと入らないから字が書けへん」とつらそうな表情を浮かべた。低学年の時、漢字が書けず床に頭を打ち付けたことがあった。担任に事情を話し、漢字練習の宿題を減らしてもらった。 中学に上がると、ケンタ君の「勉強できへん」というコンプレックスは強くなるばかり。ほどなく不登校になった。当時、パートの仕事を辞めていたため、日中から家の中は母と息子の2人きりになった。 とうとう不登校になったか……。 しかも、思春期で扱いづらいこの時期に……。 落ち込みそうになったアツコさんだったが、ふと池添さんの言葉を思い出した。 ――親が信頼を寄せるから、子どもは安心できるんや。子どもの気持ちを受け止めて、とにかく待ってあげなさい。一度待てたら、二度目も待てるやろ?そうしたら、三度目も待ってあげなさい―― そこで母はどうしたか?家で「息子と一緒にゴロゴロしてました」。扇風機の風が泳ぐリビングで、テレビを観たり、ボーっとしたり。お昼になると「焼きそばでも作ろうか」と台所へ。食べ終わったら昼寝したり、またテレビ。家事は最小限にとどめた。 「だってケンタがゴロゴロしてるのに、私があくせく家事をやっちゃうとあの子も気にするかな、傷つくかな、と思って。だから私も一緒になってゴロゴロしてました」
「待ってあげなさい」を心に
特に不登校になってすぐは、日中人前に出ることを嫌がった。部屋にこもってゲームをする日もあった。ゲームを始めると、昼夜逆転の生活になった。それでもアツコさんは叱ったりなじったりしなかった。 「それはそれでしょうがないかと放っておくことにしました。私もいろいろ考えたのですが、子どもも昼間起きてることに罪悪感があるんやと思うんです。みんなと一緒に学校行ってへんのに昼間起きて行動するなんてやっぱようせえへん。理由があるんやと思えました」 ここに、池添さんの「待ってあげなさい」が響いた。 「この言葉が、私の中に残っていました。息子が3歳のときからお世話になって何度も聞いていたので、すごく大きかった」