発達障害、不登校から高校合格、成績上位で大学進学。「逆転」を実現させた母の言葉
長期休みだけ野球部の練習に行くように
ゴロゴロ生活に飽きたのか、母と子で買い物に行ったりするようになった中学1年生の11月。町で「おう、ケンタやないか!」と声をかけられた。少年野球のコーチだった。実は小学5年の終わりから1年ほどチームに所属していた。不登校になっていることをすでに知っていたコーチは「中学に野球部あるやろ?学校行かんでも部活したらええやん」と勧めてくれた。 すると、ケンタは土日や夏休みなど長期休みのときの練習だけ行き始めた。2年生の終わりごろ、高校進学のことを考えなくてはいけない時期になったある日、「ボク、高校野球したかってん」とぽつりつぶやいた。 「でも、中学行ってへんから、高校球児にはなれへん」
「受験勉強したい」
しかし、中学校時代不登校だった子が近くの私立高校で野球をしていることを知っていたアツコさんは、そのことを息子に伝えた。すると「ボクもその学校に行きたい」と言う。そこで「行きたいのはええねんけど、受験勉強はせなあかんねん」と返したら「受験勉強したい」と目を輝かせた。 中学で2年間丸々勉強していないうえ、小学校も休みがち。大人数で指導を受ける学習塾は、息子の特性からすると合いそうにない。そこで「家庭教師ならやれるかな?」と尋ねたら、大きくうなずいた。家庭教師をつけることは決して安くない出費だったが、両親は即断した。当時はちょうどコロナ禍で自分以外の友達も学校に行けない時期だった。 「ずっと勉強もできひん、学校も行けへんて卑屈になってたんが、みんなコロナで行かへん。みんな不登校の俺と一緒やん、みたいな。みんなが休んでる状態になったことで、こころが落ち着いたみたいでした。そこからちょっと変わったように思います」(アツコさん)。 これは他の不登校児にも見られた現象だ。みんな「お休み」になったパンデミックが、もともと学校に行けなかった子どもたちにとって「私も大丈夫」と自己肯定感を上げてくれた。自粛期間が終わり学校が通常モードに戻ると、ケンタ君は3日に1回くらいの頻度で学校に行けるようになった。