<クマ研究の最前線>ツキノワグマのフンを探して丹波の山をめぐる
兵庫県立大学自然・環境科学研究所の博士課程に在籍する三國和輝さん(27歳)は、ツキノワグマの生態について研究している。将来的には野生動物管理の研究に発展させるつもりだという。 【写真】山の中をフィールドワークしている最中に三國さんが発見したツキノワグマ 野生動物の生態学を研究する大学は全国にあるが、「野生動物管理」を研究する場所は限られる。そこで、兵庫県立大学の森林動物学研究室の門を叩いた。 三國さんは山口県出身で、愛知県の名城大学農学部卒業後、同大学院で修士号を取得した。学部生時代はツキノワグマ研究会に所属するなど、クマ研究に情熱を注いできた青年である。 「私の研究テーマは、『クマと人間にとってどのような生息地が理想的か』です。クマが出没しない生息地こそがクマにとっても、人間にとっても理想的であると考えています。この状態を作り出すには、何が必要かを探る第一歩としてクマの食物を調べています。まずはクマが何を食べているか知るためにも、年間で100個程度、クマのフンを集めています。時間がかかる研究なので一生のテーマになるかもしれません」 研究室では、錯誤捕獲したクマなどにGPS付きの首輪を装着し、その行動範囲を観察している。具体的にどこにクマが生息しているのかは一般には非公開である。自分の家の近くにクマが出ていることが分かれば、必要以上に不安を煽ることになるからだ。もし、農作物などに被害が出れば、必要に応じて対象のクマを捕獲して駆除する。 クマは1日で10キロ・メートルも移動することがあるほど〝健脚〟。「クマはシカやイノシシと比べてはるかに行動圏が広い」と三國さんは言う。 追いかけるのも簡単ではない。また、人里に近づくクマもいれば、山の中だけで暮らすクマもいる。 小誌取材班は10月17日、GPSの情報を頼りに、クマの痕跡を追って、三國さんのフィールドワークに密着した。
ツキノワグマがいた痕跡をたどる
まず、目についたのは、田んぼや畑にしっかりとした柵が設けられていることだ。 「夜になれば、柵には電流が流れるようになっています。兵庫県は、鳥獣害対策の先進県です。研究室がある丹波市の兵庫県森林動物研究センターは、2007年に設立して以来、鳥獣害対策について専門的に学ぶ行政職員を受け入れています」 県を挙げて取り組むことで、地域の鳥獣害対策の意識も高まりつつある。だが、いま日本中どの地域も直面しているのが人口減少であり、それによって、空き家が増え、管理する人もいなくなっている。 三國さんが最初に連れていってくれたのは、そんな空き家の横に立っている栗の木だ。木の下には、栗が取られたイガがたくさん転がっていて、枝の一部が折れていた。てっぺん付近には何やら葉っぱの塊ができていた。 「あれは、『クマだな』と呼ばれるものです。クマが栗などの木の実を食べるために枝葉を折ると、それをお尻の下に敷き詰めていくのです。今年は、栗が豊作ですが、この栗がなくなった後はどうなるのか心配です」 空き家の目の前は県道、背後は山、周囲にはいくつもの人家があった。まさに人の居住域にクマが出没していることを実感することができた。 次に訪れた場所も人里である。 耕作放棄地の外れに、やはり栗の木が立っていた。ここでもクマが来た痕跡をGPSが捉えていた。 「ここに出たクマは先ほど案内した場所に出た個体と同じで、何度も出ています。彼らは道を覚えているのでしょう。おそらくあの山を越えてきているのだと思います」 三國さんが指差す方向を見て、取材班は驚いた。急峻な山々であるからだ。しかも、先ほどの場所からここまで、峠を越えるなどして車で30分以上もかかっている。クマの移動能力は我々の想像をはるかに超えるものだった。 後日、三國さんがデータを見たところ、今回追いかけたクマは1日最大5キロ・メートルで、2週間かけて20キロ・メートルを移動していたという。 また別のポイントへ向かうと、人家の前に小さなフンがぽろぽろと落ちていた。 三國さんが念のため確認していると「それは何のフンですか」と住民の女性が尋ねてきた。「イタチかテンだと思います」と三國さんが話すと、女性はこう言った。 「シカもイノシシもいて、もうこの辺りは動物園みたいです。かれこれ60年近くここに住んでいますが、クマは一度も見たことがありません。でも、最近は夜になると家のすぐ裏から、『バキバキバキ』と木の枝が折れる音が聞こえて怖いんです。だから8時くらいになったら、外には出ないようにしています」