音楽家・渋谷慶一郎と香水ブランド「ラニュイ パルファン」、アーティスト・和泉侃がつくる“音楽×香り”の一夜 ピアノソロコンサート「Living Room」が提示する可能性
和泉侃(以下、和泉):制作に入る前に、渋谷さんがフランスから帰国されているタイミングでお会いする機会があって、その際に、亡くなられたマリア(maria)さんのことや、アルバム制作時に精神安定剤を服用されていて「凪」のような精神状態だったこと、この作品を契機に先進的な電子音楽だけではなくアコースティックな作品も発表するようになったことなど、「for maria」という作品にまつわるさまざまなことを教えてもらいました。
作品や作者にシンクロというか憑依するように制作するのが僕の基本的なスタイル。渋谷さんからのお話を受け止め、「for maria」を何度も繰り返し聴きながら、頭の中に浮かんでくる映像を香りに変換するイメージで、まずは3パターンのサンプルを制作しました。
渋谷:僕の方ではパリに送ってくれたサンプルを実際につけて生活してみて、そこで感じたことや、自分なりの意見を和泉さんにお伝えしました。その時、和泉さんが「作者が生きているのが嬉しい」と言っていたのが印象的でした。
和泉:僕が「ラニュイ パルファン」で携わるプロジェクトでは、前出のラヴェルやヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)など故人に関連するものが多く、今回のように作者である渋谷さんとコミュニケーションしながら制作できること自体がとても貴重で、嬉しい経験です。
――打ち合わせを経て、どのように香りをアップデートしていきましたか?
和泉:振り返ってみて、最初に制作した3つのサンプルは、1曲を解釈し過ぎた結果、曲とあまりにも調和し過ぎてしまい、既に自体で完成している「for maria」に対して蛇足になっていたと反省しました。そこで、「for maria」というアルバム全体から捉え直し、そこから得たインスピレーションで何を表現したいかを考え、香りに落とし込むことにしました。
また、最初のサンプル制作の段階では、自分自身の表現をどこまで前面に出すべきか迷いがありました。お二人との打ち合わせを経て、渋谷さんの「for maria」という問いかけに対して、自分の感情や解釈をもっと自由にぶつけてもいいんだと後押ししてもらった感覚があります。