父と息子、丸い土俵と固い絆 母が急逝、19歳の新十両若碇は気合と根性、そして感謝
高校2年の時、新型コロナウイルスがまん延し寮でクラスターが発生した。山田監督と妻早苗さんは分厚いマスクにフェースシールドを着け、汗だくになって調理場に立った。感染した大勢の部員を車で片道30分かかる病院まで10往復以上して送迎。若碇は「早苗さんは寮母さんでもないのに、自分たちのために世話をしてくれた。あの時の感謝は一生忘れない」と話す。高校時代で最も記憶に残った出来事であり、人の温かみを再確認できた瞬間だった。 山田監督は「成剛がお母さんの話をしたことは一度もなかった。父親は親方だし、プロに入ったら甘える人もいない。稽古は常に一生懸命で、大相撲で番付を上げなければいけないという覚悟があった」と証言。新十両を決めた一番のように、絡みつけた足を絶対に離さない執念もある。「見る人を感動させるハートの強さだよ。旭国、北瀬海、陸奥嵐とか昔の小兵力士みたいになってほしい。感謝を忘れない子は伸びるんだよ」と目を細めた。
▽母校の化粧まわし、みなぎる気合と根性 大きな白星をつかんだ秋場所千秋楽、若碇は国技館からほど近い回向院の裏へ向かった。母が眠る墓前で手を合わせ「十両に上がれるようになったよ」と報告。幼少の頃から「お相撲さんになってね」と励ましていた天国の直美さんへ最高の供養となった。 10月中旬には東京都内で小松竜道場による祝勝会が開催された。酒に酔い、うれしさを隠しきれない甲山親方の笑顔が光った。着物をまとった若碇の仲間の父母たちは一家を支えた時と同じく、包み込むような優しさで「成剛、おめでとう!」と口々に祝福した。 晴れて関取として迎えた九州場所初日。若碇は埼玉栄高から贈られたオレンジ色の化粧まわしで十両土俵入りに臨んだ。筋が一本通ったような引き締まった体には母校で学んだ「感謝」が浸透し、小松竜道場が掲げる「気合と根性」がみなぎる。「お客さんが喜ぶ相撲を」と願う父とともに歩む土俵人生は、ずっと続いていく。