あの人気ヘッドホンはこう作られる! アイルランドのゼンハイザー工場に潜入した
「ゼンハイザー(Sennheiser)」というブランドは、イヤホンやヘッドホンが好きなユーザーであれば、ほぼ必ずといっていいほど耳にしたことがあるだろう。多くの “銘機” を世の中に送り出してきた同社であるが、それらの製品が、どこでどのように作られているかご存知だろうか? 【画像】完成したトランスデューサー。極細のワイヤーも自動で接続される 実は同社のオーディファイル向け製品は、いずれもアイルランドのタラモアという町にある工場で作られている。しかも、音の要となるドライバー部分(トランスデューサー)から製品の組み立てにいたるまで、一つの工場内にて一気通貫で生産されているのだ。 今回記者は、このゼンハイザーのタラモア工場を見学する機会を得た。どのように作られていたか、なるべく詳しくお伝えできたらと思う。なお工場内は、ほぼ撮影禁止のため、記事内では公式提供の画像も含めて使用している。 HD 800やHD 600、IE 900などをトランスデューサーから製造 まずはタラモア工場の概要について、簡単に触れていく。ここで作られているのはオーディオファイル製品であり、具体的にはヘッドホン「HD 800シリーズ」「HD 600シリーズ」、イヤホン「IE 900」「IE 600」、ヘッドホンアンプ「HDV 820」、そして1000万円級のエレクトロスタティック型ヘッドホンシステム「HE 1」(※日本未発売)となる。 タラモアの町は、アイルランドの首都であるダブリンから、車で1時間30分ほど西に移動した場所にある。ちなみに今回の経路では、成田空港からドバイ経由でダブリンまで約21時間。そこからバス移動となり、移動している時間だけでも丸一日近くかけてたどり着いたことになる。 ご存知の方も多いかと思うが、以前はHD 800シリーズおよびIE 900/600については、ドイツのハノーファーにある工場で組み立てられていた。2022年にゼンハイザーのコンシューマー部門をスイスのSonova社が買収したのをきっかけに、タラモア工場にすべて集約。今日では、上記のように多くのモデルがここで生産されている。 また上述の通り、トランスデューサーの生産もタラモア工場で行っているのも、大きな特徴だろう。1つの屋根の下でトランスデューサーと組み立てが行われることで、それぞれの間で細かい調整と連携が行える、というわけだ。 全自動のトランスデューサー生産ライン では、トランスデューサーの自動生産ラインを見ていこう。トランスデューサーを構成する要素としては、振動板、コイル、磁気回路、ハウジング、PCB基板など多くのパーツがある。この工場では、振動板の成形やコイルを巻く段階から行われている。 同社のトランスデューサーとしては、イヤホン用からヘッドホン用まで、SYS7、SYS10、SYS14、SYS32、SYS38、SYS40、SYS56という種類が用意されているという。これらのトランスデューサーが、それぞれの製品に合わせて採用されている。SYS40とSYS56がハンドメイド、それ以外は全自動の製造となる。 トランスデューサーは多くの工程から作られている。そして先にお伝えしておきたいのが、製造された全てのトランスデューサーの特性がチェックされているほか、各工程でもカメラ検査を重ねることで、厳しい品質を保っているとのことだ。 今回、SYS38の製造ラインを主に見学した。SYS38が作られるまでの大きな流れは、振動板を成形してコイルを接着し、これをシャーシに固定してからPCBにワイヤーを接続。そして特性がチェックされた後、クリアしたもののだけが完成品となる。詳細については順を追って説明していく。 トランスデューサーはすべて鳴らしてテスト 品質を追求、各工程ごとに厳しくチェック まず振動板の素材となるのは、ロール状になった薄いフィルムだ(フォイルと呼ばれている)。このフォイルの厚みは製品にもよるが、数ミクロン単位のものを使用する。ちなみに髪の毛の直径は17 - 19ミクロンほどのことで、髪の毛よりも薄い素材を用いることもあるという。 フォイルは機械のなかで加熱しつつ、シリンダーで圧力をかけることで、馴染のある振動板の形状ができあがる。続いて、この振動板に円形状に糊を塗り、そこにコイルを正確な位置で貼り付けるといった工程が行われる。 コイルについては、アルミニウムやその他の素材のワイヤーから巻いて作られ、熱を加えることで形状を固定する。コイルの薄さは数ミクロンのため、これを機械で変形させることがないように、非常に精密な作業が行われるという。なお、ワイヤーはピンク色のラッカーのようなものが塗られており、これが熱で溶けることでワイヤー同士を接着させている。 ちなみに、トランスデューサーになる部品は、金属の土台(長辺十数センチほどの長方形)のような「キャリア」の上に乗せられて流れながら、次々と工程を重ねていく。このキャリアに乗せていくことで、機械が情報を管理している。これにより、各工程の品質チェックを記録していけるようになっている。 細かい話になるが、振動板にコイルが接着された後、コイルから伸びているワイヤーは「特別な形」に成形される。まっすぐではなく、あえてワイヤーを曲げながら配線することで、振動板が動いた際にワイヤーが切れることを防止するという。もちろん、この形状もカメラの自動認識により、厳しく精度がチェックされている。 ここまでが生産ラインとしては1つの区切りであり、非常に重要なプロセスの1つとのことだ。まだトランスデューサーは完成されていないが、あえて生産ラインを細かくわけ、それをブリッジで繋いでいるという。 トランスデューサーはすべて鳴らしてテスト では次の生産ラインに移ろう。ここでは、事前に用意された「シャーシ」に先ほどの出来上がったパーツを合体させ、接続することでトランスデューサーを完成させる。このシャーシとは、プラスチックのハウジングと磁石(磁気回路)とPCB基板がセットになったもの。磁石についてもゼンハイザーが作っているという。 ワイヤーをPCB基板に接続する際には、高温のプラズマを使い、絶縁体でもあるワイヤーのラッカーを剥がす。そして、ワイヤーを機械で持ち上げてPCB基板の端子にセットし、接続させる。最後に接着剤で接続部分を保護することで、トランスデューサーとしては完成となる。 完成したトランスデューサーは、全ての個体が実際に鳴らされ、周波数特性、感度、THDなどが計測されるとのこと。この計測も全自動となっており、4つのテストボックスを使い、次々とテストしていく。そして基準をクリアしたものだけが、製品に使用されるというわけだ。 なお検査については「非常に厳しい許容範囲」を設けているという。具体的な基準は伺えなかったが、人間の耳に聞こえない水準までテストしているそうだ。 ◇ 今回の記事では、ゼンハイザーのトランスデューサーが “全自動” で作られていく様子をレポートした。 次回は、タラモア工場に集約された「HD 800シリーズ」をはじめとした、ゼンハイザーのオーディオファイル製品が “手作業で組み立てられる” 様子をお伝えしていく。また、HD 600シリーズの組み立ても実際に体験することができたので、合わせてお届けする予定だ。
編集部:平山洸太