リビングにはウェグナーやフィン・ユールの名作家具、ガレージには3台のポルシェが並ぶ家 建築家が目指したのは、どんな空間だったのか?
家もクルマも、大事なのは「哲学」です!
雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、良く整備された356からスーパースポーツカーのGT3 RSまで、5台のポルシェを所有するHさん。自宅のリビングにはずらりと拘り抜いた家具が並ぶ。そこはとても居心地のいい空間だった。デザイン・プロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。 【写真17枚】ポルシェ356、911カレラ2、911GT3RSの3台のポルシェが並ぶガレージとウェグナーやフィン・ユールの名作椅子や名作家具が並んだリビング どちらも家と馴染む素敵な空間とは? ◆ポルシェが並ぶガレージ 車庫に356C(1963年製)、964型911カレラ2カブリオレ(1992年製)、991型911GT3RS(2019年製)と、3台の魅力的なポルシェが並んだ会社経営のHさん(48歳)たちのお宅。写真には写っていないが、他にHさんの長距離通勤用の997型911カレラ(2008年製)と、奥さんの普段の足であるポルシェ・マカン(2019年製)があり、合計5台のポルシェ持ちだ。もっとも車庫に入れられるのは4台が限度。実はこの他に、数台の古いメルセデス・ベンツもあり、別の場所に屋根付きの車庫を借りている。そう、相当にクルマ好きの夫婦なのだ。ところが家が建った10年前は、4台分の車庫で十分だったというのだから、少々驚きである。 なんといってもこの家の最大の魅力は、広々としたリビング・ダイニングだ。水盤のある大きな庭に面した心地よい空間に、丁寧に作られた温かみのある北欧の家具と、名のある作家の手による現代アートがセンス良く飾られている。これだけ高いレベルのインテリアにお目にかかる機会はめったにない。そのうえHさんは、五感が優れているのだろう、マニア垂涎の名作家具も、作家の名前ではなく手に触れる感触を大切にして選んでいる。3人のお子さんの父親として、「こうした家具のある家で育ったことを、しっかり記憶して成長していって欲しい」と。そもそもHさんは東京育ち。子育てのため空気の悪い都会ではなく、自然の残る北関東の奥さんの実家近くにこの家を建てた。 設計は、雑誌などで調べて選んだ「端正なスタイル」の彦根明さん。Hさんが希望したのは、「自然と一緒に生きる快適な家」だ。そこで建築家は、豊かに流れる地下水を利用し、リビングと庭の間に大きな水盤を作ることを計画。庭は、敷地の北西の位置に配した。屋内からは太陽に照らされた庭を鑑賞できるが、屋内に陽が差し込まない位置関係である。この水盤の効果は大きく、夏にクーラーを使うのは数日ほど。そのうえ蓄熱設備があるので、冬の暖房が不要なエコ住宅だ。美しいリビング・ダイニングについつい目を奪われがちだが、H邸は温度と湿度の管理に優れた、心地よい暮らしの機能が充実した住宅なのである。 また、ソファーが庭を向いていることも注目点だろう。塀の向こうの隣家の木々まで借景として楽しめるレイアウトは、テレビが無いので可能となったもの。お子さんたちは勉強以外の時間、庭で遊んだり読書をしたりカードゲームをして過ごすのだとか。Hさんたちの暮らし方である。 ◆突然ポルシェ党に 家を建てる際、ポリシーの明確なHさん達は、好きなものについて彦根さんに伝えている。打ち合わせのテーブルに並んだのは、お気に入りのサンダルや時計などで、クルマに関するものは何も無かった。それが、家ができて程なくしてポルシェに乗るようになったのだ。彦根さんは慌てて様子を見に行ったという。ライフスタイルを丁寧に設計に反映してきたはずなのに……。 実はHさんたちは、保有車数こそ少ないが、ボルボやBMWなど、拘ったクルマに乗ってきた。だが、今のように数台も所有するようになったのは、この家の完成後。それには奥様の実家が、豊かなカーライフを送ってきたこととも関係している。お爺様はメルセデスとフォルクスワーゲン・ビートルを持っており、お父様はポルシェ911に乗っていたことも。子供の頃に妹さんと、狭くてうるさい後席に乗せられた思い出もあるそうだ。こうした環境に育ったため、学生時代はファッション誌ではなく自動車雑誌を読んでいたのも納得である。 そんな夫婦が今まで所有したクルマは30台以上に。最初は、「60歳を過ぎたらポルシェに乗るのも悪くない」といった具合だった。それが変わったのは、メルセデス・ベンツ500E(1991年製)を所有してから。Eクラスのボディに、ポルシェがチューンしたエンジンとシャシーを持つこのクルマは、今まで知っていたメルセデスと違って、リアが硬い乗り味をしていた。それからポルシェに興味を持ち、家族全員で乗れるカイエン・ターボSに乗ることに。これがとても魅力的なクルマで、Hさん夫婦はポルシェにはまっていく。こうして10年足らずの間に乗ったポルシェは15台に。内訳は、356の他に、911系が5台。カイエンが5台。マカンが3台。パナメーラ1台。車庫に眠らせておくのは主義でなく、このページに写真のある3台はしっかりと整備され、しばしば週末のワインディングロードに連れ出している。 口を揃えて、「今となっては、ポルシェ以外のクルマに乗ることは考えられない」と話すHさん夫妻。奥様は、「ポルシェの夢を見ることも」多々あるとか。二人にとってポルシェ最大の魅力は、「走りに関して手を抜いていない点」だ。直接目に見えない部分も、「しっかり作りこまれているので、座った瞬間、感覚的にその良さが分かる」そうだ。それは美しいだけでなく、直接目に触れない設備に拘り、快適であるように作られたH邸に通じるものでもある。Hさんたちの哲学は、家にもクルマにも、強く反映されているのだ。 文=ジョー スズキ 写真=山下亮一 ■彦根明:1962年埼玉県生まれ。東京芸術大学修了後、磯崎新の事務所を経て独立。数多くの住宅を手掛ける人気建築家。著作である『最高に美しい住宅をつくる方法』は、「1」「2」の他、「最新版」「完全版」などシリーズに。最近は旅館などの仕事も多い。愛車は、友人から譲り受け、1年かけてオーバーホールした1981年製の赤い930。ポルシェの中でも、この形がお気に入りなのだとか。写真の名手で、右の写真も同氏のもの。息子さんと共著の『LIFE and iPhone iPhoneでセンスがいいねといわれる写真を撮る方法』がある。奥様である彦根アンドレア氏も、著名な建築家。 ■最高にお洒落なルームツアー「東京上手」がYouTubeチャンネルで楽しめる! 雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」がご覧いただけます。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を! (ENGINE2021年1月号)
ENGINE編集部