発達障害の子どもに「rTMS療法」は不適切 診断バブルを医師が懸念
斎藤:まず発達障害の診断は、原則として「縦断診断」なんですね。これは成育歴から現在に至るまでの言動のパターンを縦断的に見て、総合的に判断するというものです。これが発達障害を診断するための本来の方法です。 幼い頃に遡って、過去の様子を、しっかりと聞き取る必要があるのですね。 斎藤:ええ。しかし、現実には、診察室の中で観察したことだけで判断する「横断診断」が横行しています。これが誤診のもとです。その場の印象だけで、1つの場面だけの振る舞いを見て、発達障害だと決めてしまうことにもなります。 1回の心理検査だけで「各指標の得点差が大きいから、発達障害です」と言い切ってしまう心理士もいます。これは心理検査の乱用で、あってはならないことです。心理検査は、診断ツールではありません。 発達障害が専門の医師に取材すると、診断に当たっては心理検査や知能検査もするけれど、それらは判断材料の一つに過ぎないと聞きます。 斎藤:しかし、現実には「心理検査をすれば確定診断できる」という思い込みも広がっています。 それが今、診察の現場で起こっていることなのですか。 斎藤:そうなのです。 半可通な医師が増えた結果、診断の付け捨てが増えているのも問題です。「おたくのお子さんは発達障害ですね」と診断だけして、「でも、私は専門家ではないから、よその病院に行ってくれ」といったことがよく起こっています。診断をした人間は必ず、治療を引き受けるべきだと私は考えます。治療を引き受けられないなら、断定的に診断すべきではありません。その診断が、先ほど申し上げたような“印象診断”だったらなおのこと、診断の後始末を他の専門家に任せようとするのは無責任だと思います。 ●エビデンスのない治療法が広がっている ネットで検索をすると、「脳波による診断」や「rTMS療法(*1)」など、目新しい手法をうたうクリニックが目につきます。 斎藤:まさにそれが「バブル」なのです。発達障害の臨床というのは、マーケットとしては「ブルーオーシャン」なんですね。ここで一発当てれば、大きくもうけることができる。そのため、一部のクリニックがエビデンスのない手法を広げているという現実があります。 脳波に関していえば、てんかんや一部の脳器質性疾患の診断においては重要です。しかし、発達障害の場合、てんかんなどのように特異的な脳波は観察されませんので、脳波で「診断」するというのはおかしい(*2)。 また、「rTMS療法」は「薬物治療で効果が認められない成人のうつ病患者」への治療法としては認められているのですが、発達障害に関してのエビデンスはありません。日本児童青年精神医学会はこの4月に「子どもに対するrTMSの有効性と安全性の証左は不十分」で、「保険外診療として子どもの神経発達症(*3)や精神疾患に対するrTMS療法を実施することは適切ではない」とする声明を発表しています。日本精神神経学会も、18歳未満の若年者にはrTMS療法を施行するべきではないとしています(*4)。 そもそも発達障害には、確定診断のためのバイオマーカーがありません。 バイオマーカーというのは、疾患の有無や病状の変化の目安となる生理学的な指標のことですね。例えば、血圧や心拍数、血糖値など。 斎藤:そういった生理学的な指標は発達障害にはありません。このことが意外に知られていない。 *1 rTMS療法:反復経頭蓋磁気刺激療法。低侵襲的に大脳皮質や皮質下の活動を修飾することができる技術であり、2017年9月に「薬物治療で十分な効果が認められない成人のうつ病患者」に対する治療法として承認された *2 発達障害を専門とする医師の岩波明氏によると、発達障害の診断において脳の器質的な障害の有無を検討するために脳波検査が実施されることはあるが、脳波検査だけで診断されることはない *3 発達障害は神経発達症とも呼ばれ、医療分野では現在こちらの用語が使われることが多い *4 日本精神神経学会による「反復経頭蓋磁気刺激装置適正使用指針(2023年9月改訂版)」に記載されている