「若松勉とわんわん泣いた」大矢明彦氏がスワローズ初優勝裏話を披露 山本浩二氏、掛布雅之氏、R.バース氏…セ・リーグ好打者との対戦思い出
「若松と2人で泣いた」初優勝の瞬間
徳光: でも、1977年に2位になって、チームとしては行けるんじゃないかっていう空気が出てきましたよね。 大矢: はい。77年はチームがちょうど上がっていったところだったんですね。相手がどうというよりも、ヤクルトというチームがまとまっていきかけてる過程でしたね。 徳光: ただ、優勝した1978年は、開幕戦でマスクをかぶってらっしゃらなかったんですよね。 大矢: かぶってらっしゃらなかったんじゃなくて、かぶらせてもらえなかったんです。 徳光: 開幕キャッチャーは八重樫(幸雄)さんでした。 大矢: そうです。それが、すごく自分の中では恥ずかしかったの。前年までダイヤモンドグラブ賞をもらってたにもかかわらず、開幕ゲームに出られなかった。 「八重樫も使わなきゃ」っていうのがあったんだとは思うんですけどね。 それで、何試合かずっと出してもらえなかったです。 徳光: 「広岡さんはそういう使い方をするのかな」と思うんですよね。松岡さんも、6月に1カ月間投げさせてもらえなかった。ある意味で相通ずるものがあるんですかね。 大矢: そう思っていいと思いますね。 徳光: でも、大矢さんはもちろんのこと、ピッチャーで松岡さん、安田さん、それから、若松(勉)さんが同い年。大杉(勝男)さんもいて、戦力は上がってきてましたよね。 大矢: はい。だんだん整ってはきてたと思います。 徳光: そして迎えた10月4日、神宮球場、相手は中日ですね。谷沢(健一)さんのセカンドゴロ、ダブルプレーで優勝決定。 あの胴上げは忘れられないですか。 大矢: やっぱりうれしかったですね、やった経験がありませんでしたから。ベンチに入って、若松と2人でわんわん泣いてました。 徳光: やっぱり優勝って、そういうものなんでしょうね。 それで、今度は日本シリーズで、いよいよ阪急と当たるわけですが、強かったでしょ、3連覇中でしたから。 大矢: 強かったですね。
【関連記事】
- 【前編】“長嶋ボール”は本当にあった!? ヤクルトのレジェンド名捕手・大矢明彦氏が明かしたON秘話 「憧れの王氏がいた早実野球部に入るため」キャッチャーになった
- 【中編】「安田猛はノーサイン、松岡弘にはいい音が出るミット」名捕手・大矢明彦氏が語ったヤクルト両エースの生かし方と“魔術師” 三原脩監督に教わったプロとしての生き方
- “伝家の宝刀”フォークボールはビール瓶で鍛えた!? “元祖ハマのエース” 遠藤一彦氏が明かす三振の山を築いた決め球の秘密 憧れの長嶋氏にかけられた驚きの言葉とは
- “絶好調男”巨人・中畑清氏を震え上がらせた江夏豊氏のひと言とは!? 「ファンの思いがひとつになった」現役最後の日の日本シリーズ代打ホームラン
- 「テレビスタッフから聞いて知った」真弓明信氏…阪神へのトレード仰天エピソード ライオンズ時代はオフに中洲でアルバイト!?