<ボクシング>目を腫らし激闘した八重樫の伝えたかったもの
内山高志は、この試合をどこかで見ていたのだろうか? IBF世界ライトフライ級王者の八重樫東(33歳、大橋)が8日、有明コロシアムで行われた同級11位、マルティン・テクアペトラ(26歳、メキシコ)との初防衛戦を2-1の僅差判定で乗り切った。 「やっぱり、僕には、こんな試合しかできなかった」 八重樫が自虐気味に語った壮絶な打撃戦。 両目はカットさえしていないが、また真っ赤に変色して大きく腫れ上がっていた。 1ラウンド終了後、コーナーに帰った八重樫は、セコンドからパンチ力は?と聞かれ「ないっす」と答えた。世界戦でこう感じた相手は、そういない。なのに八重樫は序盤にペースを失う。 「出てくることを想定していたが、対応力がなかった」 テクアペトラはそれほどスピードもなくパンチも大きいが、それが八重樫の顔面を醜く変形させていくのである。3ラウンドに使った八重樫のボディ攻撃を世界11位のメキシカンは明らかに嫌がり、4ラウンドには、八重樫はベタ足をやめ、小刻みに飛び上がるようにしてリズムを作って前に出た。 ノーガードで距離を作った中盤は、ほぼ八重樫が支配しかけた。だが、「見て」、「つかんで」、「引き寄せ」、「組み立てる」の“八重樫イズム”は、壊れていたという。 セコンドからは「良く(相手の動くを)見ろ!」の声が飛んだが、「良く見る」と、動きが止まってパンチをもらう。「ガードを上げろ!」の会長の声に反応しようとすると、カウンターのタイミングをつかめなくなった。 「体と頭が分離している感じだった。メキシカンのリズムはわかっているはずが、また全然違うリズムでつかめなかった。カウンターを取る僕の技術も甘かった。ようするに力不足なんです」 困り果てた八重樫が終盤に選んだ戦法は、いつもの被弾覚悟の殴り合いしかなかった。 避けたかったはずの激闘では八重樫のパンチのヒット数が上回っているように見えた。大橋会長に「判定はいらん。激闘でいけ!」と送り出された最終ラウンドでは、カウンターの右ストレートにテクアペトラは、ぐらっと一瞬後退した。両者が死力を振り絞る。八重樫が左右のボディ攻撃から右ストレートを何発か確実に当てたが、テクアペトラもひるまない。2人のパンチが交錯する中でのゴング。 判定を待つ間、八重樫は、「どうなっているのか、わからなかった。2ラウンドが終わって、もう計算が狂ったので。1ラウンド、1ラウンドを必死に積み重ねただけだった」と、頭の中は真っ白だった。 対照的に挑戦者は、「タフな試合だったが、俺が勝っていたと思う。的確なパンチを決めたのは俺のほうで、八重樫の効いたパンチはあまりなかった。ノーダメージだ」と、勝利を確信していたという。 日本人ジャッジが「115-113」の2ポイント差で挑戦者を支持したが、残り2人が「115-113」、「116-113」で、八重樫を支持した。効果打を数えれば、日本人ジャッジの採点は、え? とクビをひねるもので、八重樫の2ポイント負けは考えられなかったが、蓋を開けてみれば薄氷の初防衛である。