日本中で「地価の急上昇」が大発生…日本人が「いまの土地に住めなくなる」事態が急増する「深刻な大問題」
「高級化」するニューヨーク
ジェントリフィケーションの原義を辿ると、1960年代のイギリス・ロンドンに遡る。中流階級(ジェントリ=gentry)の人々が、労働者階級の地区へ転居・侵入したことに由来する。 経済的により裕福な人々が、労働者が暮らす地区に対する関心を高めることで当該地区の地価・賃料が上昇する。家主や不動産業者は、より高い地代を負担できる人に自身が保有・管理する物件を売却・貸出することで、より大きな利潤を獲得したいからである。 その結果、従前の住民であった低所得の労働者の人々が立退きを余儀なくされ、域外へと締め出されていく。1964年にイギリスの研究者ルース・グラス(Ruth Glass)が命名して以降、国境を越えて、その発生要因や問題点などが検討されてきた3)。 言わずと知れたグローバル都市のニューヨーク市は、ジェントリフィケーション研究の最前線の一つとなってきた。 ニューヨーク市は、マンハッタンを中心に、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズ、スタテンアイランドの合計5つの区から構成される。マンハッタン区の北部に位置するハーレムは、市内のアフリカ系黒人にとって、居住・生活の核心地であるのみならず、文化的にも心臓部と呼べるほどに重要な役割を果たしてきた。 1980年時点、セントラル・ハーレムの総人口のうち、96.1%を黒人が占めていた4)。当時、マンハッタン区の総人口に占める黒人割合が21.7%であったことから、同地区において黒人による顕著な空間集積が生じていたことがわかる。そんなハーレムだが、貧困の集中と犯罪発生率の高さが問題となっていた。 1980年当時、マンハッタン区全体における低所得世帯($10,000未満)の割合が37.4%であった一方、セントラル・ハーレムでは65.5%に達していた。 1970年代から1990年代にかけ、ニューヨーク市の財政は逼迫していた。この時期、ニューヨーク市政府にとって、中高所得層を郊外から都市内部へ呼び戻して税収を上げることが急務であり、その結果としての地区の高級化はむしろ歓迎すべき事態だった。 このような状況の中、20世紀末以降、ハーレムのまちは劇的に刷新されていった。セントラル・ハーレムの黒人割合は、77.3%(2000年)、58.6%(2010年)、45.8%(2022年)と減少した5)。 その一方、白人割合は、2.1%(2000年)、11.8%(2010年)、14.4%(2022年)と増加した。世帯所得に関しても、2000年の国勢調査での最低位にあたる$20,000未満の人口が同地区全体に占める割合は、2000~2022年の間に31.7%から21.5%に減じた。他方、最高位にあたる$250,000以上の人口割合は1.7%から7.8%に増した。